昨年の日記でも若干書いたが、
私は最近、やっと、まともに人との関わり方を悩むことができるようになった。
さて次は、
人間関係をどうにかしなければならない状況に自分を置く、ということを考えた。
スパルタ英会話みたいに。
選んだ方法は、児童養護施設の学習支援ボランティア。
もともと、そんなにお金も持っていない自分が社会に還元できるのは勉強方法だけだと思っていたので
日本語教育とか学習支援のボランティアをやろうと考えていた。
しかし、自分のコミュニケーション能力に全く自信がなかったので「今やるべきじゃないだろう」と思っていた。
去年冬、ついに、ええい、やりながら悩むべし!と決心したのです。
人間関係を悩み続けてみる5ヶ月の感想を記しておこうと思う。
① 5年やっても、40年やっても、人間関係を悩む
② 制限が多い時こそ、自由な意見が必要
ひとつめについて。
ボランティアは、毎回毎回、こどもたちとの関係に悩んでいる。
ボランティアは、こどもたちがどんな理由で、どんな予定で、児童養護施設で暮らしているのかを聞くことは無い。
自ら話してくれるこどもも居るらしいが、
ほとんどの場合、嘘だったり、良く脚色されているので信じないでください、と説明を受けている。
活動の後は必ず反省会で、子どもたちの様子を共有する。
「1時間、ひと言も話してくれなかった。」
「しぶとく待っていると最後の5分だけ、話をしてくれた。」
「機嫌良くずっと漢字を書いていた。」
「興奮状態で、椅子にも座らなかった。」
「最初はニコニコしていたのに、算数の問題を間違えてパニックになってしまった。」
こどもたちの状態を共有する目的もあるけれども、ボランティアの人たちの悩み、気になるところを共有している部分も大きい。
「嬉しかった。」
「どうしたらいいのか分からなかった。」
「びっくりして返事できなかった。」
「なんて話しかけてよいのか分からなかった。」
この欠席厳禁の反省会は、ボランティアのメンテナンスなんだ。
ふたつめ、制限が多い時こそ、制限なく、思っていることそのまま共有することの重要さ理解できた。
ボランティアを何年も続けている人も、何とか定時で退勤して施設に通っている。なので仕事理由の欠席率も高い。
もちろん運営資金もあまりない。
イベントの反省会で、発言を躊躇することがあった。
「こんな状況で、こんなこと言ったら引かれるかな。」
「空気読めてないって思われるかな。」
良く思い出せば、会社の会議でも、そのほかの打ち合わせでも、そう思って言えないことがいっぱいあった。
「みんな、なんとか週2時間、ボランティアの時間を捻出しているのに、こんな準備に時間がかかるイベントやるつもりか!」
「この人は、本当にこの予算集められると思っているのかな」
人の意見を聞いて、こんな風に思うこともあった。
そうではなかった。
それは後で考えればいいんだ。
思ったことを何でもとか、どんな意見も、っていうのは、
外的な制限がない、目的達成のための自由なアイディアや理想を共有する場であった。
これからどのように環境が変わり、制度が変わり、スタッフが変わり、予算が変わるか分からない。
変わらないのは、目的だけ。
不確定要素が多く、制限の多い状況こそ、自由な意見が必要。