2023年9月19日火曜日

「本当に好きなもの」や「個性」を見つけて伸ばすことについて

 小学生と中学生を子育て中の親御さんから、
「うちの子には、本当に好きなものが無いようだ」
「仲の良い友達の趣味と、合わせているだけのようだ」
という相談を受けました。
あまりに衝撃を受けたので、この1年ほど、このことを考えています。

ちょっとそのことについて整理して、
どうにかして親御さんに伝えたいな〜と思ったので、記しておきます。

確かに、最近の子育てのテーマは、
個性、主体性、自主性、好きなこと、自分で考える、
才能、強み、得意なこと、興味のあること、本当にやりたいこと......、などなど。
特別でオンリーワンの人間になることがとても重要視されているようです。

個人的には、
子供は、親や周囲の大人の行動をよく観察していて、
大人の真似をしたり、大人たちが強く反応してくれることをするので、
本当の個性や真にやりたいことなど、無い、と考えています。
というのも、多くの大人もそうだと思うからです。

読書会を10年間やってきて、ぼんやりと思っていることなのですが、
ほとんどの人は、心から大好きな小説を見つけるために、
未知のジャンルの本や、好きじゃないかもしれない作品を手に取るなどということはしません。
数少ない小説を読む大人の中でも、大部分の人が、
本屋大賞を取った作品の中から興味ある小説を選んで読んだり、
同僚や友人の間で話題になっているドラマを追いかけて見たり、
金曜ロードショーでやっている映画を見たり、
巨大な美術館でやっている展覧会を見に行ったりして、
それなりに楽しんで、しっかり満足して、次も同じようなことをするのです。
それは、とても充実した生活だと思います。

流行っている漫画を読んで、帰宅時間に放映してるドラマやスポーツ中継を見て、
行列ができているお店で人気のメニューを注文して、
感じの良い会社で働いて、
異性と恋愛して、異性と結婚して、子育てして、親のお世話もして、
多くの人は幸せに生きているのだと思います。

ヤマシタトモコ『違国日記』を読んで、改めて、
「何者かになれ!」という社会の圧力は強烈なのだな、と認識しました。
この作品の粗筋をざっくり説明すると……
両親が交通事故で亡くなるという
強烈な特徴を背負ってしまった中学生の田汲朝が、母の妹の高代槇生に引き取られます。
槇生は、命を削るようにして小説を書くという、個性が爆発している作家。
朝は、悲惨で特異な経験からユニークな人間になれるんじゃないかとか、
自分の本当にやりたいことを見つけられたら才能が開花するんじゃないかとか考えて
バンドを組んで見たり詩を書いてみたりしていますが、特に何も起こりません。
過去の経験と向き合ったり、今の自分の立ち位置を客観的に観察したりして、
しっくりくる自分の人生の物語を見つけようと、苦悩します。

他にも、魅力的な友人たちも登場するのですが、現時点の私が要約するとこんな感じです。

もしかして、「本当にやりたいことを見つける」がテーマの作品は多いのでしょうか。
失恋したり、会社をクビになったり、配偶者が亡くなったり、
異世界に転生したり、悪女の企てによって聖女の職を奪われたりして、
その先で、本当の自分を見つけて、幸せをつかむストーリー。

やっぱり、違和感があるのは、
誰にでも理解しやすかったり、誰かに共感してもらえたり、
過去と現在の辻褄が合っていたりする、
そういう人物像とライフヒストリーは、個性とは真逆のものだと思うのです。

それは、「自己ブランディング」です。広告です。商業活動です。
セミナー講師やTikToker、活動家など、
制作物やサービスではなくて、その人がその人であることを売っている方々が取り組むことです。
もしかしたら現代では、作家もまた、自己ブランディングが必要なのかもしれません。

リーヴ・ストロームクヴィスト『21世紀の恋愛』では、
恋愛までもが資本主義に取り組まれてしまい、
国家や社会が、より市場価値の高い恋愛をするように煽るので、
好きな人を商品のように選択できるようになってしまったことを、痛烈に批判しています。

今は、個性がいちばんの市場価値なのかもしれませんね。

 

(写真は、先日行った行列のできているアイス屋さんです。)