2013年5月25日土曜日

もはやぼんやりとしてきたドイツの記録

ドイツに行くと言ったとき、周囲の祝福が想像以上でびっくりしました。
「5月のドイツは最高だよー」
「白アスパラ食べてきてねー」
「ドイツはまだ寒いみたいだけど大丈夫かしら…」
ガイドブックも3冊渡され、うきうきで旅立ちました。

ドイツの夏は日が長いのですが、ほとんどの商店が8時に閉店します。流石にレストランはやってるんですが。
祝日は大型百貨店も閉店し、ケバブ屋とアイスクリーム屋しかやっていないという。
なんとか探し出しだ営業中のカフェでコーヒーを買ってシャッター街を歩いていると、「そのコーヒーどこで買ったの?おしえてー」と声かけられる始末。
さすが労働者の権利に厳しい国…

水よりビールの方が安いという噂は嘘でした。
しかし確実に、コーヒーやお茶よりビールの方が安いです。

日曜日はとても天気が良かったので、
ライン川周辺は、日光浴する住民で、まるで湘南ビーチのよう…

大学生風の若者の集団も、子連れの人も、老夫婦も、みんなおなじところに集まるっていうのはなんだか不思議な感じ。
土地があるからか?いいなぁ。



フランクフルトから西側の町をうろうろしましたが、
交通網に問題はないし、
パン屋の種類も、パンの種類も多いし、
時間がゆっくり流れてゆくし、
町並みも綺麗でかわいらしくて、
日本でよく見る洋服ブランドは売ってるし、
文房具屋もおおきいし、
パンもケーキもコーヒーもビールも美味しい。
アイスクリームも至る所に売っている。
白アスパラめっちゃおいしかった。
英語も通じる。
問題ない。




あまりにもストレスフリーな旅で、
日本語通じる話し相手もいたので、書くことあんまりないかも。
また誘われたらドイツ行きたいな。


あ、気がついたことをひとつ。
ドイツはジェンダーフリーでバリアフリーな国であると思っていたのですが、
「実現されないから、声高に主張するのだ」と理解しました。

2013年5月24日金曜日

ロシアによりみち


2013年春から、貝澤哉先生による「テレビでロシア語」新シリーズが始まったり、スラブ文学者である沼野充義先生がNHKラジオで「英語で読む村上春樹」の講師を務めたりと、ロシア関係でうれしい出来事が続いております。(放送時間は大変不満ですが!)
2012年の冬にポーランドに行った際はモスクワ乗り換えで行きましたので、上空から、あるいは空港の窓から見えるわずかなロシアに、胸を高鳴らせておりました。

酔っぱらうと「ソビエトアバンギャルドだいすき!」とか叫び始める私ですが、実は最近まで、ドストエフスキーやトルストイなどの「ロシア文学」を読んだことがありませんでした。
だって読む前から名作だってわかってるし…
だがしかし、ついに読んだぞ、読書会のために!



■猫町倶楽部 東京文学サロン月曜会
2013年1月27日16:30-
Chano-ma@代官山
課題本:ドストエフスキー『罪と罰』
ゲスト:亀山郁夫

あぁ自白したい、はやく云って楽になりたいという欲求に負けず、なんとか読了しました。
完璧な作品を読書会の課題本に選んではいけないのだと、理解しました。すごい、圧倒された、としか言葉が紡げず、語り合う余地が無いのです…
ゲストは当日まで知らされておりませんでした。亀山郁夫先生!
光文社の新訳古典シリーズ『カラマーゾフの兄弟』が刊行された時の騒ぎは相当なものでした。ロシア文学界では驚異の売り上げを記録し、ロシア文学の再流行とも言われました。同時に、誤訳指摘、解釈違いの指摘、「古典新訳」という企画への反対など、多くのロシア文学者とロシア文学愛好家によるざまざまな文章が発表されました。
渦中の人であった亀山先生は、どんな人なのか。
翻訳という苦悩、校正の苦悩、そして、批判(非難)される苦しみを、穏やかな口調で「つらかった」と、包み隠さず語ってくださいました。
あぁほんとうに、ロシア文学が大好きで、たくさんの人にロシア文学作品が読まれることが嬉しいんだなという印象を受けました。なんだかとても牧歌的で、広大なロシアの大地を思い出させる方でした。そんな景色見た事無いけれど。

ふむふむ。じゃあ次読むものはこれ。
亀山郁夫『あまりにロシア的な。』文春文庫 2013

…本書は、一九九四年の春から一九九五年冬にまたがるロシア滞在記録である。(「文庫版まえがき」p.7, l.1)

青土社で刊行の単行本が、文庫化したものです。
まだまだ不安定なロシア連邦政権下で、スターリン時代の英雄を友人達と偲ぶ著者。ソ連は本当に過去なのか、英雄は本当に死んだのか、なんだかよくわからなくなってくる。死ぬことでしか生を主張できない。生が誇張される程、死の匂いがする。魅惑の香り。

死が偏在する。五月に入ってから、タガンスカヤ、トヴェルスカヤ通りのナイトクラブ、ノーヴェリョームシキと三件の爆発事件があいつぎ、地下鉄での飛び込み自殺も後を絶たない。『夕刊モスクワ』には「地下鉄で自殺パレード続く」といった見出しまで出ている。プーシキンの「疫病(ペスト)のさなかの宴」ではないが、老いたる死者たちの華やぎに手向けられたデモクラシー———、それが今のロシアだ。相次ぐテロルと自殺に、自信を失い、行き場を無くしたロシア人の自閉ぶりがかいま見える。国家財産の簒奪という世にもおぞましい痴態にさらされ、差別と搾取に身を置きながら、人々が立ち上がれないのは、なぜなのか。コミュニストという呪わしいレッテルを恐れるためか。レッテルの恐怖にがんじがらめなのか、そもそも、パレードとデモの違いがわからないだけか。ロシアの若者たちもまた、ソ連崩壊後の世界に蔓延するイデオロギー差別の一変種に蝕まれている。不満を堂々と口にすることの恐怖———。デモはコミュニズムではない。国家崩壊後も、ロシア人の恐怖はなに一つ変わっていないということだ。(p.69, l.3-14)

終わりの方に、『青い脂』の著者ソローキンのことも書いてあります。
ポーランド、アウシュビッツへの道のりも少し。
巻末に人物リストもあるので、初心者も安心です。

2013年5月23日木曜日

ワルシャワ旅行2012

ポーランド・ワルシャワの詳細を記す前に、ドイツに行ってしまいました。
冬のワルシャワ1人旅と、春の南ドイツ2人旅。この対比を味わいながら、まずはワルシャワの旅行を記録します。




この旅の目的は、本当にそこにポーランドがあり、人々がポーランド語を話し生活していることを確認するためでした。
なんて言ったって、私にとってのポーランドは、極東の島国に住む若者が妄想する憧れの異国、の範囲を出なかったのです。
がんばってポーランド語の勉強をしているけれど、ワルシャワに行ったらロシア語やドイツ語が主流になってたらどうしよう。ワルシャワに行ったら、ほとんどの人が南に移住した後だったらどうしよう。
実物も見たこと無いのにポーランドが好きなんて、もうこれ以上言い続けることができなくなったのです。

雪国の真骨頂は冬だよね♪ということで、クリスマスマーケットの時期に合わせて出国しました。



まず、ワルシャワのショパン空港に降り立って思ったこと。「寒い」。
100デニールのタイツを履いて、綿のレギンスを履いて、スキー用の毛糸の靴下を履いて、その上からジーンズを履いていても寒い。
耳当てのついた毛糸の帽子をかぶって、鼻までマフラーで覆っても、目の周りが寒い。痛い。
ホテルに着くまでに、すっかり骨まで冷えた私の足は、エアコンの暖房やシャワーなんかじゃ全く暖まらないのです。
冷たいベッドの中で、本当に、鞄でもいいから何か燃やさなきゃだめだ、と考えていました。



それから、ワルシャワの中心、新世界通りを歩いて思ったこと。「ツメが甘い」。
何の比喩でもなく、歩道の石畳のツメが甘い。街灯の生え際がガタガタ。
車道の舗装もがたがた。凸凹じゃなくて、ガタガタ。
3日目に、日本から持って来た分厚いスキー用の手袋をコーヒーで汚してしまい、折角なので中央駅近くのショッピングセンターで新品を買い求めることに。ポーランド人をしばし観察してそれなりに売れている黄色い手袋を、購入。そして装着。
ツメがあまーい!
編み目スッカスカじゃないか!なにこれっ!うわっ!さむっ!MADE IN CHINA!?おい防寒しろ!もっと防寒の努力をしろ!!自分たちで作ってもっと居心地良くする努力しろー!いや、むしろ私にやらせてください。舗装も編み物も初めてだけど、私、絶対現状より上手くできるから!!ホントマジで!
本屋に入ると、壁一面の本棚にもテーブルの上にも隙間なく並ぶ本。下を見ると、お客さんの靴底についてきた雪と土で、床は泥だらけ。店員さんはひたすらせっせと、モップをかけているのです。本当に、休む間もなく。
…えっ、冬は毎年雪降るんだよね。毎日モップかけてるの?えっ、ずっと?何年も…?
入り口にマットあったけど、全然吸水しないやつじゃん。もっとこう、吸水するやつ置こうよ。詳しくないからわかんないけどたぶん凄いの日本に売ってるよ。買ってこようか?



観光スポット巡りに参加して思ったこと。「白い」。
集合場所近くの公園が、積もった雪で白い。凄く広いし、木の葉っぱも無いし、ただただ、白い。
観光バスの窓に氷が張り付いていて、白い。ちなみに、バスの中からは、ほとんど何も見えませんてした。
だいたい曇天で、空も白い。日が沈んだ後も、街灯の明かりが雪に反射して、白い。



そして、旅全体の感想。「死ぬかと思った」。
初めての一人旅で、とても緊張していました。ホテルの鍵を何回も確認し、テレビをつけたまま寝ていました。
空は朝7時頃明るくなり、夕方4時には暗くなります。夜は気温もどんどん下がります。短い行動時間の中で、新市街を旧市街を、歩いて歩いて歩きまくって、暗くて歩くのが怖くなると路線バスでホテル近くまで帰りました。
観光ガイドに載っている公園は、当たり一面真っ白で、誰もいません。雪に埋もれて自分の足音さえ聞こえず、しんしんと雪が積もる中、あ、ここで死ぬかも…という考えが自然とわいてきました。
真っ白な雪に、赤い鮮血が似合うだろうなとか、そんなことも。


ああ、でもやっぱり素敵なところだわ!
大戦後に絵画をもとに再建された、本当に絵のように美しい町並み。ちょっと欠けたレンガの壁や、くずれかけた階段、歩きにくそうな石畳。屋根の無いバス停で、押し黙ってバスを待っている老若男女。車内でも、無言で寒さと振動に耐える人々。
パン屋でも本屋でも洋服屋でも露店でも、店員と商品についてあれこれと話し込むお客。真夜中に、酒屋に走ってゆく1人の男性。凍った車。
人で溢れたカフェの店内を包む温かい空気、何枚も重ねた服を脱ぐ衣擦れの音、食器がぶつかる軽い音、聞き慣れたポーランド語の挨拶、全く分からない話し声。
全部全部、読んだ小説や見た白黒映画、そのまんま!
一生懸命、全身で受け止めて、どれだけ日本に持って帰れるかしら。

私はまだ、ポーランドの一部のワルシャワの一部、ほんの一部しか知らない。
絶対もう一度行く!
私まだポーランドのこと全然分かってないんだから。