2013年5月24日金曜日
ロシアによりみち
2013年春から、貝澤哉先生による「テレビでロシア語」新シリーズが始まったり、スラブ文学者である沼野充義先生がNHKラジオで「英語で読む村上春樹」の講師を務めたりと、ロシア関係でうれしい出来事が続いております。(放送時間は大変不満ですが!)
2012年の冬にポーランドに行った際はモスクワ乗り換えで行きましたので、上空から、あるいは空港の窓から見えるわずかなロシアに、胸を高鳴らせておりました。
酔っぱらうと「ソビエトアバンギャルドだいすき!」とか叫び始める私ですが、実は最近まで、ドストエフスキーやトルストイなどの「ロシア文学」を読んだことがありませんでした。
だって読む前から名作だってわかってるし…
だがしかし、ついに読んだぞ、読書会のために!
■猫町倶楽部 東京文学サロン月曜会
2013年1月27日16:30-
Chano-ma@代官山
課題本:ドストエフスキー『罪と罰』
ゲスト:亀山郁夫
あぁ自白したい、はやく云って楽になりたいという欲求に負けず、なんとか読了しました。
完璧な作品を読書会の課題本に選んではいけないのだと、理解しました。すごい、圧倒された、としか言葉が紡げず、語り合う余地が無いのです…
ゲストは当日まで知らされておりませんでした。亀山郁夫先生!
光文社の新訳古典シリーズ『カラマーゾフの兄弟』が刊行された時の騒ぎは相当なものでした。ロシア文学界では驚異の売り上げを記録し、ロシア文学の再流行とも言われました。同時に、誤訳指摘、解釈違いの指摘、「古典新訳」という企画への反対など、多くのロシア文学者とロシア文学愛好家によるざまざまな文章が発表されました。
渦中の人であった亀山先生は、どんな人なのか。
翻訳という苦悩、校正の苦悩、そして、批判(非難)される苦しみを、穏やかな口調で「つらかった」と、包み隠さず語ってくださいました。
あぁほんとうに、ロシア文学が大好きで、たくさんの人にロシア文学作品が読まれることが嬉しいんだなという印象を受けました。なんだかとても牧歌的で、広大なロシアの大地を思い出させる方でした。そんな景色見た事無いけれど。
ふむふむ。じゃあ次読むものはこれ。
亀山郁夫『あまりにロシア的な。』文春文庫 2013
…本書は、一九九四年の春から一九九五年冬にまたがるロシア滞在記録である。(「文庫版まえがき」p.7, l.1)
青土社で刊行の単行本が、文庫化したものです。
まだまだ不安定なロシア連邦政権下で、スターリン時代の英雄を友人達と偲ぶ著者。ソ連は本当に過去なのか、英雄は本当に死んだのか、なんだかよくわからなくなってくる。死ぬことでしか生を主張できない。生が誇張される程、死の匂いがする。魅惑の香り。
死が偏在する。五月に入ってから、タガンスカヤ、トヴェルスカヤ通りのナイトクラブ、ノーヴェリョームシキと三件の爆発事件があいつぎ、地下鉄での飛び込み自殺も後を絶たない。『夕刊モスクワ』には「地下鉄で自殺パレード続く」といった見出しまで出ている。プーシキンの「疫病(ペスト)のさなかの宴」ではないが、老いたる死者たちの華やぎに手向けられたデモクラシー———、それが今のロシアだ。相次ぐテロルと自殺に、自信を失い、行き場を無くしたロシア人の自閉ぶりがかいま見える。国家財産の簒奪という世にもおぞましい痴態にさらされ、差別と搾取に身を置きながら、人々が立ち上がれないのは、なぜなのか。コミュニストという呪わしいレッテルを恐れるためか。レッテルの恐怖にがんじがらめなのか、そもそも、パレードとデモの違いがわからないだけか。ロシアの若者たちもまた、ソ連崩壊後の世界に蔓延するイデオロギー差別の一変種に蝕まれている。不満を堂々と口にすることの恐怖———。デモはコミュニズムではない。国家崩壊後も、ロシア人の恐怖はなに一つ変わっていないということだ。(p.69, l.3-14)
終わりの方に、『青い脂』の著者ソローキンのことも書いてあります。
ポーランド、アウシュビッツへの道のりも少し。
巻末に人物リストもあるので、初心者も安心です。
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