『犬王』を見ました。
うーん、古い。全体的にダサい。
特に、身体障害者に関する描写に、心がざわざわする。
私は、ドリアン助川の『あん』がとても大好きで
小説を読んで、映画版を見て、ミュージカル版も鑑賞していまして、
特に小説は、もっとも友人・知人たちへ贈っている書籍です。
江戸川乱歩や中井英夫の作品の中、
『もののけ姫』に登場している、ハンセン病患者の描写にも親しんでいました。
だからこそ、『犬王』でのあまりにも表面的な障害者の描写に驚きました。
「フリークス(奇形)扱いかよ!」と思いましたが、
私は、決して、ハンセン病のことを知ろうと勉強したことがなかったので、
どういった点が私にそう思わせているのか、説明できませんでした。
そして、『犬王』を見た1週間後に、初めて国立ハンセン病資料館を訪れました。
すぐに、不快感の正体に気づきました。
『犬王』のあらすじをざっくり説明しますと、
平家の呪いによって盲目になった琵琶奏者と異貌に生まれたダンサーが、
インディーズバンドを組み、路上ライブを重ね、
子供や大人、身体障害者や健常者から分け隔てなくく支持され、
のしあがってゆくという話です。
身体障害者も、健常者と同様に音楽を楽しむことができるという描写が、私の違和感の原因でした。
手足のない人や、ハンセン病によって指や鼻がゆがみ、髪が抜けてしまった人は、
ただ、その見た目でわかる不自由さだけで苦しんでいるわけではありません。
特にハンセン病は、皮膚の知覚が鈍くなるという症状があます。
気づかないうちに裂傷や火傷ができて、膿んでしまったり、
汗が出にくく、体温調節がうまくできなくなります。
健常者向けにデザインされた町やインフラ、社会制度も大きな障害です。
『犬王』の結末では、後天的に盲目になった琵琶奏者は、
琵琶法師のコミュニティーも名前も捨てて新しい音楽を求め、反体制として処刑されます。
先天的に異貌に生まれたダンサーは、
ライブを重ねるたびに呪いが解かれ、やがて健常者となり、時の政権の寵愛を受けます。
その寵愛もいずれなくなるということは、物語の外では明白なわけですが…
身体の障害が物語の重要な要素である作品なのに、障害者に対しての愛情も尊敬も感じませんでした。
