2016年12月11日日曜日

装うことについて

ずっと気になっていたけれど、「私にはまだ早い」と思って読んでいなかった本。
こんなきっかけで読むことになって、とても残念。
もっと早く読めば良かった。


雨宮まみ『女の子よ銃を取れ』平凡社


外見も立派なコミュニケーション手段であると知りつつも、
自分の服と化粧についてについては、長い間、直視できないでいた。
大きな理由に母親から言われた言葉があると思う。

母親は、裁縫が大好きで、いつも私の服や鞄を作っていた。私が、高校を卒業しても、社会人になっても。
母が私の髪を切っていたので、大学生になるまで、美容室にも行ったことがなかった。
化粧をしたいと言ったら「なに色気づいてるの、勉強しなさい」と言われ、
赤い下着を買ったら「こんなの履いているの」と嗤われ、
母の好きじゃない服を着ていると「似合わないから、それ着て外出ないでね」と悲しい顔をされ、
「足が太い」「デブ」「やせれば可愛いのに」と小学校から挨拶のように言われ続けて、私はすっかり、
「化粧をせず、流行遅れの服を着て、太って可愛くないこと」が自分であると思い込んでいた。

そんな私が最初に食いついたファッションは、ゴスロリ。
誰よりも強く、どんなに傷ついても平気。そんな鎧がほしかった。
ゴスロリに夢中だったのは大学生2年から社会人3年目ぐらいの時だった。
ボーナスが出れば、そのほとんどを、大好きなブランドの店で使った。
23歳ぐらいの時、強烈にレズビアンアイデンティティみたいなものが固まってきたのも影響している。
レズビアンっぽい服装、髪型をしなければいけない、と思い込んでいた。
何が何でも自分が良いと思う服しか着ない!
そうすれば、周りから何を言われても傷つかなかった。

大好きなブランドの店舗が、原宿から池袋に移り、商品のラインナップがずいぶん変わってしまった。
ああ、私は変わらなければいけない、と思ったのは、そんなとき。
仕事で、プロフィール写真を撮った。
カメラマンに「どういう角度から撮った自分が好きですか」と聞かれ、とっさに私は「左側は歯並びが悪いので、写らない方が嬉しい」と言った。
そんなことを思っていたんだと自分にショックを受け、すぐに矯正歯科に行った。
結局、プロフィール写真は、顔の左側から撮ったものになったけれど。


やっと、素直に、綺麗になりたいと思えた。
最初の投資が歯科矯正100万円。

そこからは、ストレス解消に似た、暗黒時代。迷走。
服は、買いだめたものを大切に着ていた。
ヘアカラーは、赤茶、ピンク、オレンジ、黄色、緑ところころ変えた。
だいたいやりたかったことは全部試したかな、次のステージにいかなきゃ。と思えたのは、半年ぐらい前。

だんだん、買いだめた服もくたびれてきた。
半年前、ジーンズを買った。
「あんたはズボンをはくともっと足が太くなるから、はくな」と母に言われたときから、8年以上、ジーンズをはいていなかった。
何度も買おう思ったけれど、いつも試着室で母の言葉がフラッシュバックして、買えなかった。
今では、ジーンズをはくと、そんな時もあったなあと思い出して、
少し、大人になった気がする。

1年前に友達と、はじめて伊勢丹の化粧品売り場に行った。
勢いで買ってしまったパレットも、今は結構使いこなせていると思う。

今は、自分がより魅力的に見える服を選ぼうと、身構えずに思える。
それでもやっぱり、ちゃんと化粧するのが怖い。
新しい服を試着するのが怖い。


額縁に合わせて絵を選ぶことなどありません。絵に合わせて額縁を選ぶのです。私たちはその額縁を、自分で選んでいいのです。そして、それはいつでも取り替えることができる。何度失敗しても、簡単にやり直すことができます。(p.61)


今までも、これからも、彼女の著作は多くの人を救うんだろうな。

2016年10月31日月曜日

ポートフォリオと認知療法と『キンキー・ブーツ』について



1、ポートフォリオ
教育界では何年も前から「ポートフォリオ」の必要性が叫ばれていました。
ポートフォリオって、そのままの意味だと、書類入れとかファイルのことです。
文脈によって表すものが大きく違うのですが……

アートの分野では、作品集みたいな意味で、自分が今までに作った作品をまとめて、履歴書のようにバラまくもの。
金融業界では、運用資金の投資した先の、その割合や組み合わせのこと。
スポーツ界では、練習の目標や、今のスコア、自分の課題などを書き込むノート。『野球ノート』や『サッカーノート』などの名前で部活動をする生徒たちの間に広がっています。
教育分野では、学習の過程の成果物(読んだ新聞記事や、レポートや、発表資料などなんでも)をまとめておくもの。
そのほかにも色々な意味がありますが、今回は教育分野について。

なぜか、教育界では、このポートフォリオ、いまいち人気がありません。
2012年ぐらいにいろんなところで目にするようになりましたが、あまり広がっていないようです。
本当に効果があるの?という先生方の声をよく聞きます。
というか、私、納得いく説明を聞いたことがない。

しかし先日、東京学芸大学の森本康彦先生の話を聞いて、目から鱗が落ちました。
学習のパラダイムシフトが(やっと)起こっている!!!ということ。

ポートフォリオは、絶対的な正しさ、絶対的な知識がない分野で、効果を発揮します。
現代社会は、価値観が急速に変化し、そして多様化してゆきます。
毎日毎日新しい技術、新しい思想、新しい文化が生まれてゆきます。
一つのコミュニティーで一生暮らす人はほとんどいません。
生まれたコミュニティーで身につけた価値観や行動規範に、ずっとすがって生きることはできません。
自分と異なる価値観を持った人たちと出会う中で、自分の価値観を確立してゆく必要があります。
今の子供たちは小さい時から、毎日異文化に接しています。
学校を卒業した後も、50歳になっても60歳になっても学び続けていかなければなりません。
教科書はありません。試験もありません。だれも採点してくれません。だれも答えを知りません。
そんな中生きて行くために必要なのは、「学び方」を知っていること。

この「学び方」を知るための道具がポートフォリオです。
学んでいる過程というのは、外から見ていてもわかりません。すぐに消えて無くなってしまうものです。
それを注意深く記録しよう、という試み。
それがポートフォリオです。


2、認知療法
大学で就活が始まる時期から、どんどん友人たちが病んでいきます。
社会人6年目になっても、またお前もか…ってぐらいの勢いで病んでいきます。
日本はどうなっているんだ。なんという社会だ、と時々嘆いたりするんですが、
私が一人で嘆いたって世界は変わらないのです。

そんな病んでいく人たちにお勧めしたいのが、認知療法、認知行動療法です。
微妙に違うらしんですが、発想は同じ。やることもだいたい同じ。
事実と感情を、切り離して考える訓練をします。

みけにゃんProject

上記のサイト、結構古いし、語尾がムカつくんですが、わかりやすいと思います。
あと、別にこのサイトに書いてあること全部しなくてもいいんです。
とにかく、辛い自分の気持ちと、それを引き起こしている事実を分けて、書き続けること。

そしてちょっと落ち着いている時に、過去の自分のメモを読んでみると、
そうかこの時こんな感情になったのは、もしかしてあれのせいかもしれない、とか。
なんだこれ、これっぽっちのことで死にたいとか思っていたのか…とか。
自分の認知の癖や歪みが見えてきます。
自分の頭の中にある感情を、整理する道具になります。
そして感情をコントロールするためのきっかけを、知ることができます。

最初は何を書けばいいのかわからなくて、誰に見せても100点満点の、気持ち悪い日記になると思いますが、
慣れてくると、誰にも見せられない、大切な自分だけのノートになります。
これだよね、ポートフォリオ!!!
自分の中の思考の変化、成長の過程、トライ&エラーを記録してゆくもの。





3、『キンキー・ブーツ』
大好きな映画『キンキー・ブーツ』のミュージカル版、9月に日本人キャスト、10月に来日版、見ました!

感想は長くなるのでここでは触れず…。
とっても素敵な台詞がこちら。

You change the world when you change your mind.

認知を変えれば世界が変わる、ということ。
この言葉を改めて、噛みしめています。
今、努力して異質なものを受け入れても、次にまた新しい異質なものが登場します。
常に世界が変わるということは、常に自分の意識も変えていかなきゃいけないってことなんだなぁと。
そうしないと「男」とか「女」とか「日本人」とかいう危ういアイデンティティーにしがみつく人たちと同じになってしまう。

つながりが希薄、とか言われている現代の若者たちだけど、大丈夫。
教育は、「自分と隣人の価値観が違う」状態でも生きてゆけるように、準備している。
ポートフォリオ、すごいんだよ!

2016年10月19日水曜日

10年前の友人に対して、懺悔。

最近すごく過去のことで恥ずかしいというか後悔していることがあって、それは、 昔の友人への、自分の対応なんだけど。
昔の友人というのは、10年前、一緒に韓国語初級クラスに通っていた女性。
今はまったく連絡をとっていない。


彼女は、はじめて会ったときから在日韓国人であると隠さず、本名を使っていた。
彼女はいつも声が大きくて、明るくて、面白くて、いつもクラスの中心にいた。
いつも彼女の趣味のドラマとかダンスの話とか、仕事の話とかばかりしか話していなかったけれど、あるとき、彼女が、自分が在日韓国人であるということについて、話をしてくれたことがあった。
いつもと違って真面目に、少し目に涙を浮かべながら。

高校までは、通名を使っていたこと。
家族はいまでも通名を使っていること。
韓国にいる親戚と、言葉が通じなくて困ること。
在日韓国人は、有名大学を卒業しないと就職口がないと聞いて、浪人して、猛勉強したこと。
いつも持ちあるいている在留カードも、見せてもらった。
同じ韓国語のクラスに、在日韓国人が何人かいるということも教えてもらった。それが誰かは教えてくれなかったし、私も聞かなかったけれど。

私は彼女を当たり前の存在と思っていたので、
あなたを差別する人がいるの信じられない!
今は幸せそうでなによりだね!
と言って、笑っていた。

いま、いろんな在日外国人の方や外国語母語話者の方と仕事して、
お酒を飲んだりして、やっと、
差別は私のすぐ隣にある、ってことを知った。
彼女と会った10年前は、私は何も知らなかった。


在日外国人であることでどんな差別を受けているのか。
日本と韓国のどちらにも所属していない彼女が、本名を名乗れるようになるまで、どんなに悩み、苦しんだのか。
いま、本名を名乗ることで、どんな苦しみを味わっているのか。

在日外国人は、家を借りにくいとか、
在日外国人は、就職しにくいとか、
在日外国人は、レストランを予約してもトイレの近くの席に案内されるとか、
そんなの極々一部の差別主義の人がやっていることで、
私はしない(だから関係ない)と思ってた。

でもそういうことって、1回体験するだけですごく傷つく。
名前を名乗れば、外国人ですか?と確認され、
日本に住んで長いんですかと聞かれ、
日本語の能力が低いと思われ、
使ってもいないのに、通名にしたら、と他人に言われ、
「あ、うち外国人には部屋貸せないんですよ」と面と向かって言われることは、
すごくすごく傷つく。
自分はなんで「日本人」じゃないのか、何度も悩んだだろう。

笑顔で私の目の前にいた彼女は、そういう体験を確実にしていて、
毎回、傷ついてきたんだと、いまの私は想像できる。
そんなことも知らず、他人事のように彼女の話を聞いていた、かつての私…。
あのとき彼女は、私にもっと話したいことがあったのかも知れない。
嫌なことがあったのかもしれない。
もっと寄り添ってあげられたかもしれない。


日本で生まれて日本で育って日本で働いて、
日本で生活している人は、日本国籍を持っている人だけじゃない。
日本語を母語としている人だけじゃない。
日本文化に属する人だけじゃない。
日本にいる「外国人」は、旅行者や留学生だけじゃない。

最近、いろんな場面でわっと後悔の念が湧き上がって、
どうしたら良いのかわからなくなるので、ここに 書いておきます。
知らないとは、こんなにも恐ろしいことなのか。
いまの友人たちと、これから出会う人たちを、大切にします。
懺悔。

2016年10月9日日曜日

未来の日本語について考えていることメモ

・第四、五言語で勉強したい人たちを増やす
・カタコト日本語をどれぐらい許容できるか

平成27年国勢調査で、日本の人口の減少が報告された。もう日本語を第一言語とする人口は、たぶん増えない。
っていうか、国勢調査は外国人も入っているから、もうだいぶ前から減少しているんじゃないかな。
これから、日本語を第一言語とする人は急速に減ってゆく。
じゃあ、誰が日本語を話すの?


日本語を第二言語として勉強する人が増えるかしら。
いや、そこは英語がやっぱり強いだろう。
母語で高等教育を受けれない人たちは、英語を勉強するし、
英語で書かれた教材はネット上に、あふれている。
もう日本の大学に行くために、日本の会社に就職するために日本語を勉強する人はどんどん居なくなる。

日本語を第三言語として勉強する人が増えるかしら。
いや、それも、中国、台湾や南米の言語が強いでしょう。
仕事もあるし、母語話者と出会う確率も高いし。

これから日本語が学ばれるのは、第四言語ぐらいなんじゃないかな。
日本語でマンガ読んでみたい。
うちのおじいちゃん日本人らしいんだよね。
昔、日本に旅行に行ったことがあって、楽しかったなー。
とかそういう人が勉強する。

問題は、日本語母語話者のほうにあると思う。
片言の日本語をどれだけ許容できるか。
日本人らしからぬ言葉をどれだけ受け入れられるか。

かつて(今も?)英語母語話者が抱えていた問題と同じ。

2016年2月3日水曜日

続・健康になりたい!

第1回目→ 健康になりたい!

先月健康について、こんなことを書きました。
年末年始毎日走っていたので、きっとアドレナリン出まくっていたんだと思う。

 ■ストレスの対処法(ジョギング、低用量ピル)を知った
 嫌なことがあったら走るって、すごく中学生的な考えかもしれないけれど、
 その時、私にはそんな発想もなく、甘いものとかご飯とかに頼っていた。

 そう。
 今まで、元気がないときは「プラスする」方法で解決していた。
 何かたくさん食べたり、何か買ったり、サプリを飲んだり、
 厚化粧したり、派手な洋服着たり、
 元気が出る映画みたり、テンションの高い音楽聞いたり。

 今は「マイナスする」方法があると知っている。
 夕食を食べなかったり、お酒を飲まなかったり、汗をかいたり、
 化粧しないで肌を休めたり、ゴムのズボン履いたり、
 簡単に泣ける映画を見たり、何もしなかったり。

 低用量ピルに関しても、副作用はない。
 休みを取ることも少なくなって、すこぶる良い。
 「生理は管理できる」っていう圧倒的な安心感。勝った感!
 あらゆるスケジュールを決める時の(あ、その日生理かも…)っていう不安がゼロにな

 る。

 悩んでいる人は早く飲めばいいよ。


さて、低用量ピルを飲んで半年経ちました。
改めて、その効果を書いておきます。



■身体的な辛さが8割ぐらいなくなった。
避妊が目的ではないので、飲む時間も決める必要がなく、
「飲み忘れても、翌日2錠飲めばいいよ。
プラセボ錠は飲まなくてもいいから、必ず7日空けてね」
という助産婦さんのアドバイスによって、随分ラフな飲み方をしています。

それでも、
立てない、座っていられない、歩けない、
お腹痛い、頭痛い、気持ち悪い、
といった身体的な苦痛はほとんどなくなりました。
出張の時や旅行や飲み会など簡単に生理ずらせるし、
自分の体調は自分で管理できる!という圧倒的な安心感があります。


■精神的な辛さがその分ひどくなった。
身体的な不調がなくなったことで、生理前の精神的な不調が目立つようになりました。
過去に書いた通り、生理前に非常に不安定な状況になるのはわかっていたのですが、
かなり無視できないレベルに。

今までは、
お腹痛い→会社行きたくない→くやしい、辛い
だったと思っていたのですが、
体調不良が何もなく、すくっと立てるのに起きた瞬間まったく生きる気がしない。
そこはかとなく悲しい、死にたい→会社に行かなきゃ→嫌だ、辞めたい
という状態です。

ついに今月、
生理直前の1日は休暇をとって、ずっと寝ていたのですが、
翌日職場に行ってもまったく仕事が手につかず、
椅子に座ると、じっと「今日辞めます」と上司に言いにいく練習を繰り返していました。
みんな私のこと役立たずって思っているんだと思って涙が出て、
バイトさんの笑い声も私のことを笑っているように思えきました。
誰かに相談しなきゃと勤務中に、無料電話相談に何度も電話してしまい、
通っている婦人科に相談すると、「心療内科を受診したほうがいい」とオススメされました。
会社近くの心療内科に「薬が欲しいんです。明日か明後日には良くなるから、今日だけなんです!薬だけでもお願いします」と泣きついてしまいました。
結局、時間外に見ていただけることになり、処方された薬は、抗不安薬。
そして初めて聞く、PMDD(月経前不快気分障害)という名前。

ヘルスケア大学「PMDD」(月経前不快気分障害)って、何?
http://www.skincare-univ.com/article/006559/

「PMDDの症状はいずれもその程度が重く、日常生活や社会生活へ支障をきたしてしまうことが大きな特徴です。
これらの症状にとても似ているのが、うつ病です。しかし、PMDDの場合は生理が始まって遅くとも1〜2日で症状が消失します」

そう、これこれ!これじゃん、私!
去年書いた症状はまったくこれと同じなんです。

 パニックになって一日中泣いていたり、「私は死ぬべきなんだ、それが最善な答えだ」
 とか振り切れたこと書いている日は、ほとんど生理1週間前。
 生理が始まって2日目ぐらいになると、ケロッと何を悩んでいたかすら忘れてて

 日記も書いていない。

PMDDにはピルより抗鬱剤が効く、とのこと。
私の治療は始まったばかりですが、
もし同じ症状で苦しんでいる人がいたら、是非早めに病院に行くことをお勧めします。
「女性外来」などのキーワードで検索してみてください。

2016年1月5日火曜日

年末年始に思い出した、2015年の変化

2015年は、いろんな世界に飛び込んで、コミュニケーションを学ぶ1年だった。
なんだかんだもみくちゃにされているうちに、「今、社会人に求められる力」みたいなものがちょっとは身についたと思う。
今までは、学力とExcel力だけで生きてきた感じだったもんね。
なんだかうまくいっているぞ、と思う点を記しておきます。

■「コミュニケーション能力とは、嘘をつくことではない」と気づいた

コミュニケーションについて悩むシリーズ。
第1弾→ 相談が苦手でオタク気質な私の話し方トレーニング
第2弾→ 人間関係を悩み続けてみる(5ヶ月目)
第3弾→ エポケー(判断保留)とエンパシー(共感)について

「コミュニケーション能力」って誰とでも問題なく差し障りのない会話が続くことではなくて、
相手が求めていることを理解して、それを提供する力だとわかった。今更!
誰かのために頭を下げ、交渉し、クレームを言うという経験は、公私ともに増えた気がする。

おいしいレストランを紹介したり、
相手が腰の悪い人だったら、テーブル席をお願いしたり、
帰りにすぐタクシーに乗るために、事前に予約しておいたり、
資料のサイズを統一して、見やすいように並べ替えたり、
道に迷わないように、交差点に看板を設置したり、
お手洗いに手を拭くタオルなどがあるか確認したり。
どんな状況になってもいいように準備しておくと、自然に行動範囲が大きくなって、
相手が困っている時に、「ペンお貸ししますよ」とか「この 袋使ってください」とか声をかけられる。
これがどれだけ重要なことか、海外出張でよくわかった。

こうしたら、もっとこの人が今の時間を楽しんでくれるかもって思うと、電話をかけることもまったく苦じゃない。
でもやっぱり、自分にふりかかったことに対するクレームはまだ上手く言えない……


■お金をかけることの大事さがわかった
仕事でも、プライベートでも、ボランティア団体に関わっている。
どれも、不幸にも、国や地域の行政の力が及んでいないところ、という分野だ。
少しでも状況が良くなって欲しいと切実に思っている。
でも、ボランティア団体にはもう、自分は、関わらなくていいかなって思えた。
理由は「ボランティアが活躍している限り、状況は変わらない」と思ったから。

お金をもらっている人と、お金をもらっていない人は、労働に対する価値観がまったく違う。
正直、共存はできない。
ボランティアが活発になればなるほど、その付近でお金を稼いでいる人は、心穏やかではない。
むしろ、無料で質の悪いサービスが横行して、プロが駆逐されるんじゃないかな。

プロフェッショナルになるというのは非常に大切なことだと思う。
でも、ボランティア団体が急にプロフェッショナル団体になり、お金を稼ぐのは難しい。
そもそもそんなこと求めてない人がほとんどだし。

やっぱりどんな問題も、
今、その付近でお金を稼いでいる人が、その業界を改革・盛り上げるしか方法はないのかなって。
そう思ったら、なんだか急にボランティア団体と関わる意味が見出せなくなってきた。
「◯◯で飯を食う」とか「プロフェッショナルと関わりたい」というのは、
好きではない発想だったけど、今では、その意味が良く分かる。


■ストレスの対処法(ジョギング、低用量ピル)を知った
嫌なことがあったら走るって、すごく中学生的な考えかもしれないけれど、
その時、私にはそんな発想もなく、甘いものとかご飯とかに頼っていた。

そう。
今まで、元気がないときは「プラスする」方法で解決していた。
何かたくさん食べたり、何か買ったり、サプリを飲んだり、
厚化粧したり、派手な洋服着たり、
元気が出る映画みたり、テンションの高い音楽聞いたり。

今は「マイナスする」方法があると知っている。
夕食を食べなかったり、お酒を飲まなかったり、汗をかいたり、
化粧しないで肌を休めたり、ゴムのズボン履いたり、
簡単に泣ける映画を見たり、何もしなかったり。

低用量ピルに関しても、副作用はない。
休みを取ることも少なくなって、すこぶる良い。
「生理は管理できる」っていう圧倒的な安心感。勝った感!
あらゆるスケジュールを決める時の(あ、その日生理かも…)っていう不安がゼロになる。
悩んでいる人は早く飲めばいいよ。

ピルを飲むまでの記録→ 健康になりたい!