2019年2月11日月曜日

死刑と、ヘイトクライムについて

相模原障害者施設殺傷事件についての演劇を見て、
なんだか、すごく、暗い気分になっている。
酷い事件だ。そこは同意。
でも、日本で、法やヘイトクライムについての議論って
このレベルなの?っていうか。なんつうか。

あらすじは、以下のような感じ。
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死刑制度廃止を訴える人権派弁護士が、
相模原障害者施設殺傷事件の実行犯の国選弁護人となる。
被告人や、被告の両親、被害者の家族と面会するうちに、
弁護士は、被告人を憎み、被告人は死刑にすべきだ、と強く望むようになる。
死刑制度廃止の主張との矛盾を感じて悩むが、
自身の被告人への憎しみと、被告人の人権遵守の立場を切り離し、裁判へと望む。
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私が、主人公に感情移入できないポイントは2つある。

1、死刑制度は、
「国民は人を殺してはいけないけれども、司法は人を殺して良い」という
この社会システムの欠陥だ。命が尊いとかそういう話ではない。

2、日本であのようなヘイトクライムが起きたことについて、
私は、全然、驚いていない。



1、について。
人が、何が原因で犯罪を犯すかという普遍的なものが解明されない限り、
全ての人が、犯罪を犯す可能性があると思う。
善良な国民と死刑囚は、地続きだ。そこに断絶なんて、ない。


生まれ落ちた環境は、選べない。
生まれたときから選択肢が少ない人は多い。
犯罪者になるしかない人も居る。
そういう人たちに、「罰」を与えても意味が無い。
必要なのは、「社会のルール」と
「自分と社会の折り合いを付けて生きていく方法」を学ぶ場である。
現在、かろうじて前科の無い私も、上の二つは、義務教育で習っていない。
親からも、高校の先生からも、誰からも、教わっていない。

竹中功『よしもとで学んだ「笑い」を刑務所で話す』という本を読んだ。
軽犯罪を繰り返す受刑者のために、刑務所でコミュニケーションを教えるそうだ。
近所の人と挨拶をしよう、と。
「おはよう」と言い合える人には、「助けて」「お金貸して」って言いやすい。
もう、お金や食べ物を盗まなくて良くなるよ、ということを教えるらしい。

読んだときは、そこから!?と正直絶句した。
でも、すぐに納得するようになる。
会社を鬱病で退職する人、犯罪者になってしまった過去の同級生、
ハラスメントを繰り返す部長、モテたいとしか言わない非モテを拗らせた人、
なんだかみんな、下手なのだ。助けを求めるのが。
「だれも、自分を助けてくれない」と思うかもしれない、
でも、助けを求めるような人間関係を築く努力をしていないじゃないか!とも、思う。
そしてその方法は、誰も教えてくれない。

刑務所に入れた人しか、その教育を受けられないようでは、いけない。
今ぎりぎり、病気にならなくてすんでいる人、
犯罪者にならなくてすんでいる人を救う手段も、教育だ。
30代でも、70代でも、学べる環境を作らなければいけない。つよく、そう思う。



2、について、
もしかして多くの日本人がこの感覚なわけないよね?って思って、うんざりする。

ヘイトがあふれているのは、なにも、2ちゃんねるやTwitterだけじゃない。
会社で、飲み屋で、コンビニで、役所で、旅館で、いつだって目にするものだ。
この社会の行政システムに、この社会に蔓延している。

タクシーに乗れば、運転手が、
最近外国人多くて困っちゃうね、とまるで天気の話をするかのように言う。
旧姓で働く女性が、国際学会に出席するときに、毎回、パスポートの確認で手間取る。
30年近く日本に住んでいる人でも、見た目や名前が外国人風だと
「日本語うまいですね」と、本当に、どこでも、何度も何度も何度も言われる。
何人もの在日韓国人が、自分がそうだと言えずに、おびえている。
ホームレスの人が寒さに凍えているけれど、町の人は、見て見ぬふりをしている。

今まで多くの、在日韓国人が、障害者が、日雇い労働者が、女性が、同性愛者が、
ときにはくじけながらも、絶えず声を上げ続けてきたのに、
それにまったく気がつかずに、主人公は、今更、被告人のヘイトに驚くのか!!

おまえの目は、いままで、世界の何を見てきたんだ。
おまえの耳は、いままで、誰の声を聞いてきたんだ。
マイノリティーの声をかき消してきたのは、おまえじゃないか。
おまえみたいな奴が、この世界の大多数じゃないはずだ。

悔しい。こんな舞台が存在していることが、悔しい。

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