2012年8月26日日曜日
喬太郎パニック
会社の他部署の先輩に誘われて、落語鑑賞デビューしました。
落語は全く分からないけど、プログラムを見るだけでこれは豪華だ!と感じる、まさに祭り。
鈴本夏祭り。
「夕方から入れるけど、遅くとも19時の喬太郎までに来てね」と言われたものの、出張の準備でぎりぎり18時40分に到着。すでに立ち見多数。
馬石の噺の途中で、図々しく着席した茶髪は私です。ごめんなさい。なんかいろいろ必死だったんです。
番組は、喬太郎は「稲葉さんの大冒険」。さん喬は「明烏」。権太楼は「死神」と。
噺を解説するなんて野暮な事はしませんが、新作、古典、怪談と、まぁ素人には豪華すぎるラインナップで、もうなんだか新しい世界を見た!感動!
余韻に浸りふらふら。先輩と飲み歩き。
ついに私も本物の芸人見たーふふふ、
と誇らしげに名古屋出張に行くと、喬太郎と桂あやめの対談の案内が。
残念ながら見ることはできませんでしたが、
翌日、会場近くのカフェで「喬太郎よかったよー」と言う男性の声に、心拍数が上昇。
東京に戻ったら、すぐに別の先輩から「喬太郎好きなんだって?」とお声がかかる。
なんとお世話になっている夫妻から、喬太郎のチケットを譲り受けたとの事。行きますと即答し、その夜、6日ぶりの喬太郎の噺。わくわく。
大勢の前ではっきりと話をする、というのは、おそらく多くの日本人が不得意とする、最難関の言語運用能力です。しかも、聴衆を笑わせる、怖がらせる!
なんという芸能だ、と感動した次第です。
「欧米の言語は〇〇だけど、日本語は××だ」という言説はよく見かけますが、大抵ウソです。日本語だけ特異、なんてことはありません。その主張が耳障りが良いのは、母語への執着です。
「欧米の言語は話し言葉が中心だけど、日本語は書き言葉が中心だ」というものも当然ウソ。話し言葉より、書き言葉を先に覚える子どもなんて見たこと無いし、日本語だってしゃべる為に発達して来たのです。目の前にいる人に伝える為に。
文字はその後。
はー。今回の落語でそれを実感。
よかった。言葉というものは、紙なんか媒介しなくてもよいんだ。
そしてせっせと、トークイベントに参加申し込みを送る日々です。
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