2008年7月12日土曜日

『日記』


『ポルノグラフィア』の訳者あとがきに引用してある、
ゴンブロヴィッチの日記の一節が、気に入ったので。

<<わたしはエロティックでない哲学を信じない。私は非セックス化された思想を信じない……
ヘーゲルの『論理学』は肉体とある距離を保つことなしに着想され得たと考えることはむずかしい。だが、純粋な意識は、再び肉体のなかへ、セックスのなかへ、エロスのなかへと浸られるべきものであり、芸術家は、哲学者を、あらたに魅惑のなかに投げこまねばならない>>

なんてこと。
私は自分の身体から逃げられないこと、
この肉体を持っている限り、
責任を負わなければいけないと思っていたこと。
それを肯定してくれるんですか?
この私は、女という変えられない肉体の中の現象なのだと、思いますか?

この場合、「エロス」とはどう解釈すればよいのでしょうか。
肉欲?物欲?
男と女は、一組で完璧であるということ?
もっと、この著者のことを知りたい。


しかし、もっと問題なのは、
1967年7月の時点で、同じ一節を、
青い万年筆でマークしている人がいるということ。

同じ万年筆でサインもしてあるし。
なんて読むかわからないし。
誰だろう。
もう、41年も昔のことだけど、
こんな素敵な本の上で会えてうれしいです。

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