2026年10月1日木曜日

英語を話せない親が、子どもを英日バイリンガルに育てるための心得

私は、だいたい言語も社交性も他文化を尊重する態度も、
大人になってから学ぶことができると思っているので、
子どもの言葉の発達にはあまり興味がない。
まぁ、犬とか猫とかに比べたらすごく興味があるけど。
チョムスキーがいう「人間に備わった言語を操る能力」も信じてない。

しかし、
とんでもなくお金持ちで、英語を話せない友人が、
子どもを小学校からインターナショナルスクールに通わせたいと話していたので、
アドバイスを送ることにした。

ふだんは、
子どもだけバイリンガルにしたいという方には
「絶対にやめろ」と忠告するのだが、
友人のご家庭は億とか稼いでるから、興味本位で応援する。
どうせ他人だし。

そう、あなたの子どもは、誰かの他人。
心から、あなたの子どものために、有益な情報を教えてくれる人はいません。


どんなことを伝えようかな、ととりあえず思い浮かんだことを書き出してみる。
このまま友人に伝えたりはしません。念のため。



英語を話せない親が、子どもを英日バイリンガルに育てるための心得


・「〇〇語で生活ができる」「〇〇語で勉強ができる」「〇〇語を使って幸せになる」は全部違う能力

 → 2つの言語で3つ満たしたいなら、6つ教育する必要がある
 → 「〇〇語を使って幸せになる」が最も難しいので、幸せな大人にたくさん会わせる

・日本語の漢字は段違いに習得が難しい

 → 日本で生活しているだけでは漢字は読めないし、書けない
 → 子どもが思春期のときに漢字を覚える必要性を説得して学ばせる。絶対に諦めない

・だいたい10歳までに母語が形成される

 → 完全バイリンガルに育てたい場合は10歳までの教育が大事
 → ただし母語が日本語でも、全く問題なく英語話者になれる

・子どもは親の言語より友達の言語を優先する

 → 子どもが日本語を親とだけ話していたら、いずれ日本語を話さなくなる
 → 日本語しか通じない友達・習い事を、あの手この手で継続する

・どこで生きるか、は大事

 → 日本国籍キープしながら外国で生きるのは意外とリスク高い
 → 親が、いつでも日本に戻ってこれるという心の拠り所になる

・語学は何歳からでも始められることを忘れないで

 → 子どもが途中で英語を学ぶのをやめてもぜーんぜん大丈夫
 → ただし、10歳までに脳神経(目、耳、味、発音など)を鍛えられるだけ鍛える

・「親の都合」であることも忘れないで

 → 子どもは自分がバイリンガルになるか、ならないか選べない
 → 子どもとの深い話し合い、長期的な対話ができる大人とたくさん会わせる

2026年6月16日火曜日

自分が住んでいる自治体の男女平等推進委員になった。

男女平等推進委員は、各自治体によって、男女共同参画推進会議、男女平等プラン推進会議とかいろんな名前で設置されているもの。

「区民公募」とか「市民公募」とかで検索したほうがいい。

実は数年前から狙っていたのだが、ウェブサイトにも自治体からのお知らせにも全然情報を見つけることができずに年月が過ぎた。

昨年たまたま自治体の施設にあるチラシ置き場で募集チラシを見つけて「やっと見つけた!」と、応募。



■住んでいる町のヤバさを認識

そもそも、私の住んでいる町はジェンダー平等とか本気で取り組んでいない。

5年前に転入するときに、役所の窓口で「今後結婚して、私の苗字が変わる」前提で説明を受けて、意味不明すぎてクレームを入れたぐらい。

2年前まで、公立小・中学校で男女別の名簿を使っていたらしい。

当然パートナーシップ条例もない。


私は、東京の渋谷区や港区、福生市、清瀬市、国分寺市などなどで、ジェンダー平等について話す活動や、女性やLGBTの物語を読もうとかそういう活動に参加してきた。そうした経験を、自分の住んでいる町に還元したいなと思うようになった。

自治体の男女平等推進課の職員との面談でそんな話をした。

そしたら、職員のひとりが「渋谷区さんは、ちょっと変わってますからね」と鼻で笑った。


最悪すぎて、やばい。


しかも、フルタイムで働いていると連絡取れなくて厳しいかも〜みたいなことを暗に言われた。感じ悪い。


■ヤバいのは自治体だけではなかった

絶対断わられるだろうなと思っていたら、受かった。

ということで、2026年4月に自分が住んでいる自治体の男女平等推進委員になった。


顔合わせ会議の資料に、毎年1回開いている講座の講師候補のリストが添付されていた。

最初の議題は、講師候補を決めることらしい。


このリストがヤバイ。

野球監督(もちろん男性)、お笑い芸人(男性、しかも今のテレビ文化に合わないのでYoutubeに移行して昭和のお笑いやり続けてる人)、テレビのコメンテーター(白人男性)、元アイドル(女性)などなど20人ほど。女性は、夫か父親とセットで名前が掲載されている。


こんな性差別的なリストをどうやってつくれるんだ。

もう正直、辞退したいと思った。

でもどんな奴がこんなリストを作ったのか見てみたいと思い、顔合わせに参加。


そこで、リーダー役の一般男性が、通常2年間のこの委員に、10年以上継続してなっているということがわかった。

そしてこの男性、当然、男女平等がなんであるかまったく意味がわかっていない。

さらには、彼が、これまでずっと、知り合いをこの委員会に誘ってきたとのこと。


え? そんなことある? 自分がなにも貢献できない会議に10年参加している?


「男女平等推進を内部から崩壊させてやろう」とかそういう意図があるんじゃないかと陰謀論めいたことが頭に浮かぶ。イデオロギーの戦いなら負けられない。


■毒を食わされているような会議

職員の「あまり男女平等の内容の講演をしたことがない方は、講師候補から外したい」という素晴らしく普通の声がけで、委員がいろいろおしゃべりする。


ひとりが「男女平等って、男の人たちのために必要なんじゃないか」という。

ものすごい高度な議論がはじまるのかと思ったら、自治体の予算を女だけのために使うのは男性から不満が出るのではないか、というお話だった。

いろいろごちゃごちゃ話したが、「こういうイベントは、男性向けに企画しても集客できない。女性が、家族の男性を連れてくることを狙おう」ということで決着した。

もう同じ机についていることすら厳しい。


講師にどんな内容を話してほしいか、という話題になったとき、

有名ドラァグクィーンのYoutubeにはまっているという方が「彼女みたいな人のために、女らしさと男らしさは必要なのだ」と発言した。

もう1人も「女性らしい美しい所作は、江戸しぐさとか、いろいろありますからね」と同調する。

他の人が、かつてゲイ疑惑で芸能界を引退した俳優の名前を出して「アッチの人の間は、彼がゲイかどうかわかってたらしいですね」とかいう。

だから、女らしさ、男らしさ、ゲイらしさはどれも素晴らしいのだと。


全てが間違っている。


この会議は、体に悪い。


その夜は、ひさしぶりに吐くまで酒を飲んだ。

2026年2月10日火曜日

普通の左翼のための、異文化コミュニケーション入門

 

1、差別主義者にも基本的人権がある


まず第一に考えたいのは「私たちはどんな社会を目指すのか」である。
これについては、どんな左翼もとても熱く、饒舌に語ってくれると期待している。
しかしどんな理想的な社会にも常に、少数派が存在する。
どんな少数派を想像するかはお任せするが、彼らは決して劣った人ではない。
「成長途中」でも「未熟な市民」でも「再教育されなければいけない者」でもない。

どんな人も、私たちと同じように基本的人権があり、
自由があり、幸せに生きることができる。

もしあなたが教育者や公務員、政治家、活動家などである場合は
この国で差別は許さない、ということをはっきり主張していただかなければ困るが、
普通の左翼の人々には、そんな義務も立場もない。


2、差別に介入する方法はいろいろある

差別的な発言を見聞きしたとき、私たちができることはたくさんある。

・その場を離れる
・相手の話に同意したり、一緒に笑ったりしない
・猫や孫の話を振って話題を変える
・水をこぼして相手の話を止める
・差別を指摘してきっぱり制止する
・相談窓口に通報する
・SNS、口コミサイトなどで報告する
・その人のいない場所で「あの話は嫌だ」という

私たちは、目の前にいる差別主義者と対話をしない自由を持っている。
それでも、差別主義者と対話をしようという、勇敢な方々に向けて書く。


3、私たちの目標

対話とは、相手と同じ考えになることではない。
相手に意見を変えさせることでもない。
どっちが良い考えか、意見を戦わせることでもない。

「私たちはいろんなことが違うけど、同じ社会で生活している」ということを認め合うこと。まず、そこに立つこと。
現状、私たちが成し遂げなければいけないことは、
「差別主義者も、日本社会の一員である」と受け入れること。
そして同時に、差別主義者に、
「お前は左翼だが、私と同じ日本社会の一員である」と認めさせること。


4、異文化は怖くない

もう一度書くが、
私たちは、目の前にいる差別主義者と会話をしない自由を持っている。
今この瞬間にも、連絡手段を絶つこともできる。でも、向き合おうと思った。
その決心に至る経験があった。その勇気がある。

差別主義は間違いだと歴史が証明している。
日本国憲法がある限り、差別主義者には、なんの正当性も与えられていない。

そう、差別主義者は怖くない。


5、自分の対話レベルを確かめる

さて、私たちはどれぐらいうまく日本語でコミュニケーションができるのだろうか。

その手がかりにしたいのが、CEFRのCan-doリストだ。
CEFRは「その言語で何ができるか」を、活動の種類とレベルに分けて記述したものであり、できそうとかできると思う、ではなく、「実際やってみて」できるかどうかで判断する。

「やり取り」という活動の中の「会話」と「非公式の議論(友人たちとの)」のレベルを一部抜粋してみた。
ちなみに「会話」は初対面の相手を含めている。レベルは、Pre-A1が最もやさしく、C2が最も難しい。

【会話】
Pre-A1 簡単なやり方で、挨拶をし、別れが言える
A1 予測可能な話題の簡単な会話に参加できる
A2 招待、提案、謝罪をすることができ、またそれらに応じられる
B1 言いたいことが言えない場合もあるが、会話や議論を続けられる
B2 相手を不用意にイラつかせたりすることなく、関係を維持できる
C1 目的に沿って、柔軟に、効果的に言葉を使える
C2 社会や個人生活全般にわたって、言語上の制限もなく、快適に、適切に、自由に会話ができる

【非公式の議論(友人たちとの)】
Pre-A1 なし
A1 明瞭にゆっくりと話しかけられれば、好きか嫌いかを交換できる 
A2 提案を行ったり、出された提案に対して反応できる
B1 信条、意見、賛否を丁寧な言葉で表現できる
B2 正確に自分の考えや意見を表現でき、説得力をもって複雑な議論を提起したり、反応することもできる
C1 抽象的で複雑でよく知らない話題でも、複雑な対話に加わることができる
C2 穏やかに不同意や批判を扱いながら、微妙な事柄について怖気づくことなく助言を与えたり、それについて議論ができる

コミュニケーションはさまざまな条件があるため、うまくできる時とできない時があるが、
ぜひやさしいものから取り組んでみてほしい。
自分のレベルを調べるためには「やってみる」しかない。


さあ、ご近所さんと挨拶をしよう!


終わり。

2026年2月1日日曜日

社民党の男性後期高齢者が、わたしの話を聞くんですっていう話。

 私は、NHKの連続テレビ小説『虎に翼』にハマったことがきっかけで、社民党で行われる憲法勉強会に参加するようになりました。

『とらつば』本当に楽しかったんだけど、わたしは知識が足りなくて、河原で古新聞を握りしめて震えているトラちゃんの姿を見ても、「願い叶ったね〜よかったね〜」とどこか他人事でした。

わたしも、トラちゃんやヨネさんたちのように、日本国憲法を読んで感動したい!
トラちゃんを抱きしめて一緒に泣きたい!
一緒に、歌って、踊って、翌日後悔するぐらい大騒ぎして、笑い合いって、喜びを分かち合いたい!
そのためには、憲法のこと、もっと知らなきゃいけない。

そんなことを、いろんな友人に話していたら、一人が「こんど社民党で日本国憲法を読む会があるから来てみます?」と誘ってくれました。「もうすぐなくなる社民党〇〇県連本部が見られます」とのこと。

護憲を掲げて約80年。県庁の目の前に堂々と構えた県連本部。この過去の栄光を手放す前に、日本国憲法を読み合うのだと。カロリーが高い。物語性がありすぎる。
トラちゃんなら、行くだろうから、私も行く。


約1年半の間、そこで出会った個性あふれる方々、完全に理解はできなくてもとっかかりが分かったかも知れない憲法のことは、本当にたくさんあるのですが、今日は一点だけお伝えしたいです。



社民党の男性後期高齢者が

わたしの話を聞くんです。




日本社会で女性として生きている方へは、これだけで十分驚きと感動が伝わってると思います。が、ちょっと詳しく説明します。社民党のおじさんたちのこと。



1、自身の男性性を前面に出さない

多くの男性は、「自分が男性であること」「自分は女なんかではないこと」を人生でとても重要視してます。これは、言葉のトーンやジェスチャー、目線など鮮やかに現れますし、ときには行動選択の理由として一番に登場します。
「ピンクの便箋なんて、男は使えないでしょー」「男は肉をたくさん食え!」というような感じ。
あの、いつでも常に自分がシスヘテロ男性だと証明し続けていなければいけない窮屈で可哀想な感じが、社民党のおじさんには、ありません。



2、相手に女性性を意識させない

多くの男性は、女性は特別に扱わなければいけない、と考えています。つまり、相手が男性か女性かで、態度を変えます。
「女子は、電話では〜でございますって言ったほうがいいよ」とか、女性が政治や投資の話をすると「よく勉強してるんですね。頭いいですね。」とか言い出します。
テキトーに相手の話に相槌打つのをやめて一言差し挟もうとしたときの、あの、どストレートな「女は黙ってろ」という全身反応が、社民党のおじさんには、全くありません。



3、武勇伝を話さない

多くの男性は、その場にいる人たちに自分の印象を強く残さなきゃいけないと思っています。とにかく己の輝かしい過去(レガシー)の話をします。
「実は国体出たことあるんですよ」とか「米津玄師と地元の同級生で、一緒にカラオケ行ったことありますよ」とか「この業界に入って40年以上になりますが……」とかを言わなきゃいけない重要なことだと思っている。
これまでの会話や今現在のお前と、何が関係あるのかさっぱりわからなくて、だからといって思考停止してヨイショするのも嫌だし、どう振る舞えばいいのかわからない、あの、謎の時間が、社民党のおじさんには、ありません。



ここまで読んで、「嘘だー!」「そんなおじさん見たことも聞いたこともないわ!笑」と思っている方もいると思います。
その気持ち、わかります。
でも、本当に居るんです。
都市伝説じゃないんです!トトロじゃないんです!
さらに驚くべきことがあります。



4、注意されたら謝る

多くの男性は、謝ったり反省したりしたら負けだと思っています。絶対に、後悔している素振りを見せません。
宮崎駿に本気で怒られてるのに「ノーダメージ」の感じでコーヒー飲んだり(©️水野シズ)、真剣に怒りを伝えてる人に対して「あなたの意見はわかりました」とか言ったりする。
こいつとこれ以上話しても無駄だわと諦めさせる、あの態度が、社民党のおじさんには、全くありません。
むしろ、こっちが怒ったり忠告したりしなくても、なんなら注意されなくても自分で反省して謝る。「僕の記憶が間違っていたら申し訳ないんだけど……」と前置きして話し始める。初対面の支持者に向かって、「参議院選挙で、大椿ゆうこを当選させることができなくて申し訳なかった」と頭を下げる。えぇーっ!!!



5、若者の話を黙って最後まで聞く

多くの男性は、目下の者の話を遮って話をします。自分の方が正しいと伝えなきゃいけない、価値ある情報を持っていると言わなきゃいけない、この若輩者を導かなければいけない、と思っている。
「言いたいことはわかるけどさ、まずあの動画見ました?」とか「ああ、そうだよ。だいたい三島由紀夫はもともと〜」とか言って、わざと相手の知らなそうな話をしてマウントを取る。
しまった!この人にこの話振っちゃいけないんだ!と後悔をじっくり味わう、あの時間が、社民党のおじさんにはありません。
どんなに経験の浅い人が話していても、どんなに社民党の党是と違う意見を持っていても、相槌を打って、静かに、最後まで話を聞いて、「そうか〜、君はそう考えているのか。君の友人たちも、そう思ってるのかな」と、さらに話させようとする。えええ、もっと話していいの!?



社民党のおじさんたちがすごい。
ほんとすごい。
そのうちのひとりに「こんなに私の話聞いてくれる年上の男性初めてですよ!」と直接お伝えしたら、「いやいや、党員や支援者の皆さんにいっぱい怒られてきましたから……もし気になることあったら、教えてください。これからも指導お願いします」とか言う。
いろんな女性が感動を伝えると、社民党のおじさんたちはだいたいそう答える。
私はこの場面を複数回目撃した。


ありがとう!
社会党、社民党の女性たち!
目の前の男性たちを変えようとして、いっぱい怒ってくれている女性たち!
ブチギレて政治から離れてしまった女性たち!
別の場所で努力し続けている女性たち!
ほんとすごいよ!
本当に、未来は変わっています!
ありがとー!!!
私も次世代のためにがんばります。

2025年12月25日木曜日

世界の多様性を発展させるための日本語

幼稚なコミュニケーションを見聞きするのがつらい。
つらすぎて、思いっきり嫌な顔をしていると思う。


例えば、スポーツジムで、
利用者が「え〜、あつ〜い」と言うと
インストラクターが
「ごめんごめん、さっきまで一人でいたからさ」とか言いながら
暖房のスイッチを切る。


久しぶりに会った人に、
天気の話みたいに
「聴きました?さっき近所でひき逃げ事件があったみたいです。
怖いですよね。犯人きっとガイジンですよ」とか言われるので
「日本人でもガイジンでも、どっちでも怖いですね」と冷静を装って応える。


行動中心主義にのっとれば、
言語を使って実際になにができるかが重要視されるので、
例えば、スポーツジムで、暑いので暖房を切ってほしいときに
「え〜、あつ〜い」と言うことで
インストラクターが自主的に暖房を切ってくれたのであれば、
それは言語運用として正しいことになるのだろうか。

今現在の日本社会において、日本人同士の世間話で、
外国人差別や排外主義的な話題を話すことは、
お互いの共通の関心事で、共感を得やすく、
さらに個々の実体験などの話題に切り替えやすいので、
初対面の会話の糸口として適切なのだろうか。

「肌がきれいだね」「細いね」は、
相手が真剣に努力して取り組んでいることであるならば、
限られた場面において、適切な褒め言葉となるなのだろうか。


そんなわけないよね〜!と思って、座右のプリントアウトである『外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠』を久しぶりに開いてみたら、大橋理枝先生の「日本語版重版に当たって」(2008年)にこんなことが書いてあった。

最近の風潮としてこのCEFRに書かれている例示的能力記述文にのみ関心が向いてしまうことに対しては、大きな危惧を覚えざるを得ない。確かに利用するには便利な道具ではあるかもしれないが、根本的に何のために作られた道具なのかを常に念頭に置いて使うべきだと思う。釘を打つための道具として作られた金槌を他の用途に使うことは物理的にも可能であろうが、もともとは木工作の釘を打つために作られた道具であったことを忘れないでいたいものである。

CEFRが何のために作られたのかというと、それは、複言語主義・複文化主義のためである。
CEFRを作った団体の母体である欧州評議会が「ヨーロッパにおける多様な言語と文化の豊かさは価値ある共通資源であり、保護され、発展させるべきものである。」としている。これが政治的目的なのだ。

東京外国語大学の投野由紀夫先生が作ったCEFR-Jも、国際交流基金が作った「JFスタンダード」も、文科省が作った「日本語教育の参照枠」も、NHKが設計した「英語グランドデザイン」も、この複言語主義・複文化主義を達成するためのCEFRを元にしている。

つまり、日本語も、世界中にたくさんある(学習可能な)言語の一つであり、それを使って世界の多様性を発展させてゆくべき。

「こういう言語運用で、日本社会が回ってるんだからいいじゃないか」ではなく、複言語主義・複文化主義の実現に向けてどのように日本語を運用していけば良いのか、を考えたい。

そういえば、似たようなお話を生物学の先生と話していた。
「雑学止まりの本が多い」
「風変わりな生態や名前を暗記するだけで満足してしまうなんて残念だ」
「大事なのは、その知識をもってどのような社会を作り上げてゆくか、なのに。」

座右のプリントアウトがあってよかった。



2024年12月15日日曜日

シスジェンダー・ヘテロセクシャル男性問題について

 どんなにネットで騒がれていても、現場はうまく回っている。と考えていたので、今まで黙っていたが、

ネット上の酷い書き込みが現実世界に侵食している、と感じることが増えたので、考えている事を書いておこうと思う。


■「見た目でジェンダーを決めつけないように」という注意書きをよく見るが、どう実行すればいいのかわからない。
コミュニケーションは、55%が見た目やしぐさなどの視覚情報であるといわれているが、
その視覚情報を受け取っても何も考えるな、と注意されているようにも思える。
まぁ常識的に考えて、「相手を既存のカテゴリーに分けて態度を変えるような、失礼な対応をするな」ってことなのだろうと理解している。

■「ノーディベート」の意味は分かっていない。
・差別主義者と認定された人とは議論しない
・条件さえそろえば排除していい、という考え方は受け入れない
・マジョリティとマイノリティの差異について議論しない
・マジョリティが、マイノリティのことを議論の題材にすることに反対
みたいな、いろんな使われ方があると思っている。

■「生物学的女性と生物学的男性は違う」という言説についてはまず、
全ての人間は違う、という事を確認したい。
もしも、あるカテゴリーによって、能力や社会的価値に関して明確な違いがあるのであれば、
それは、そのように人間を育成する社会が問題なのである。
例えば、男性は力強くあったほうが良い(ので多少バカでも良い)とか、
女性は賢くあったほうが良い(ので人を殴る練習なんてしなくていい)といった、隠れたカリキュラムである。
「男子校出身の男の特徴」「元バスケ部の女の特徴」みたいな居酒屋談義なら、居酒屋で話すべき。

■「月経がある人」とは、
トランスジェンダー男性やXジェンダーを包括するための言葉であると認識している。

■「フェミニズムはセクシャル・マイノリティと相容れない」みたいな揶揄がある。
そういう歴史はあるし、現在もそういう面はある。
私は、その原因はフェミニズムを義務教育で教えていないからだ、と思っている。

2024年現在の日本で、未だ、月経は隠すべきものであるし、
生理痛は薬で止めないほうがいいと言われるし、子宮頸がん検診はめちゃくちゃ屈辱的だし、
中絶の自由はないし、無痛分娩は普及しないし、女性の性欲は恥ずべきものだ。
それに対抗するために、まず女性たちは自分の女体を愛することから始めなければいけない。
月経やおりもののことをきちんと知ろう。
出産は苦しかった、もう二度と子育てしたくないと、言っていい。
女性だってオナニーしていい。
自分の体は、恥ずべきものでは無い。
そんなウーマンリブを、まだやっているのだ(怒)

そうやって、男のモノだった自分の身体を取り戻し、
今現在、命を救われている個人に、他のマイノリティのケアなんて望んではいけない。
むしろ、フェミニストと他のマイノリティを対立させて、得をする人たちの存在を気にしたほうがいい。

■「レズビアンが他のセクシャル・マイノリティを差別している」と言われることもあるが、
差別主義者のレズビアンが、差別をしているだけである。

前提として、レズビアンにとって
圧倒的に身近なのは、トランスジェンダー男性である。
その他のセクシャル・マイノリティについて真剣に考えているレズビアンは少ないと思う。

レズビアンバーや、レズビアン向けのオフ会に参加する目的は、
自分と似ている人と出会うことや、自分の恋愛対象との出会いである。
地方自治体が主催する勉強会などと違って、
主催者は、流行に合わせて、様々な差別化の仕組みを作っている。
化粧していない人はNG、BIM22以下のみ、精神疾患を持っていない人、などの参加条件もある。
100%主催者の主観により参加できない人もいる。明文化されていない場合もある。
女性自認でも男性自認でもレズビアンでもバイセクシャルでも
ボイでもフェムでも中性でも、場違いなところに行けば「お呼びでない」と言われる。
多様な主催者の思惑や経験などによって、多様な機会が存在していれば良い。
ゲイ男性のコミュニティーだって同じでしょう?

■「女子トイレに、女装した男性が入ってくる!」という強い不安の声を聞く。
しかし、女子トイレに、女装した男性が入ってくることは何も問題ない。そんな問題は存在しない。

トイレに入るために、性別を確認されることは無い。
レディーズ服を着ている人でも、メンズ服を着ている人でも、女子トイレに入れる。
女子トイレに入ってきた人の性は不明である。そして、女子トイレから出るときも、不明である。
なぜならば、女子トイレはすべて個室だからだ。

女子トイレに、他人の性別や性器を確認する機会は、無い。
問題は存在しない。

では、誰が「問題がある」と話題提供しているのだろうか。
日本には、利用者全員の性器を確認できるトイレが存在する。男子トイレ(小便器)である。
そこから考えられることとして、「女子トイレに、女装した男性が入ってくる!」とはじめに問題提起したのは、ふだん男子トイレを使っている人なのではないか、ということだ。

加えて、女子トイレでの深刻な問題は、長時間個室に居座ったり、みんなが使うものを汚したり壊したり、盗撮カメラをつけたり、のぞきや暴行といった行動である。そして、その行為が、女性がやったことだからお咎めなし、ということはない。問題のある行動は、行為者の性別に関わらず問題となる。
ただし、これまでずっと、同性間の性暴力が軽視されてきた領域がある。男性同士の性暴力である。男性にとって、性暴力は異性間しか起きないという期間が長かった。

なので、女子トイレでのある人物の問題行動について、その人の行為ではなく性別が問題である、という発想をしやすいのは、男性なのではないか。
つまり「女子トイレに、女装した男性が入ってくる!」と熱心に騒いでいるのは、男性なのではないか、と推測している。

■「女性風呂に、女装した男が入ってくる!」という不安の声がある。
共同浴場については、2023年に厚生労働省から
「性自認ではなくて身体的特徴に基づいて判断する」という通知が出ている。
LGBT法連合会などもこの答弁を支持している。
この事実を知らずに展開される議論は、すべて差別の意図のある発言である。
ルールを変えるべきとか、そういう議論ならやるべき。

■過去の実績や過去に発表した作品などの名義(デッドネーム)を、名称変更後の名前に書き換えることは反対している。
何のための記録なんだ......。
親の都合で姓が変わったり、トラブルに巻き込まれて仕方なく名義を変更した人にそんな対応していないだろう。

という冷静な気持ちとともに、
婚姻・離婚などで姓が変わった女性が
過去の実績を今の自分の実績と証明するためにどれだけ苦労してると思ってるんだ!フザケンナ!という気持ちもある。

■職場のLGBT研修の内容で、よく、服装について
「好きな服を着ていい」と背中を押すことが推奨されているが、再考を求めたい。
なぜなら、ほとんどの人が、本当に自分が着たい服を着て働いていないから。
マジョリティの従業員は、たとえ建前でも
「自分が好きな服を着て、好きな化粧をして働いていい」と肯定されたことなど無いから。
すべての人に対して「業務規定内の服を着てください」と言うべきなのではないかと思っている。

最後に、性犯罪の厳罰化、日本版DBSの導入、ジャニーズ事務所性加害問題の再発防止を強く求めます。

2024年2月7日水曜日

異文化コミュニケーションの体験としてのジム

月経痛を解決するためにはじめた運動ですが、だんだんコミュニケーションの課題と重なってきたので、少し記録しておきたいと思います。




●2015年に、低用量ピルの副作用としてやたら注意書きされている血栓症が怖くて、予防のためにランニングやウォーキング、自転車通勤などを始めました。生理痛緩和のために、よもぎ蒸しにも通いました。

●2018年、効率よく汗をかくためにホットヨガスタジオに通い始めました。

●2019年、会社のストレスに対応するために、朝に通える自転車のフィットネスジムに通います。
その時は会社で企画会議のたびに泣かされていたりしたのですが、ジムに行った日には、上司や先輩の感情に振り回されなくなり、とても高い効果を感じました。

●2020年、感染症予防のためにジムが休みになりました。ゴルフのインストラクターをしている友人に誘われて、毎週ゴルフのレッスンを受けることになりました。よく行く飲み屋のゴルフコンペには、2年ほど前から遊びで参加していましたし、コロナ禍でもゴルフは自由にできる少ないアクティビティでした。
その時やっと気づいたのですが、きちんとプロにスポーツのやり方を教えてもらうのは人生で初めてでした。

なかなか不出来な生徒だったと思います。
インストラクターの友人から言われた言葉は、本当に意味がわからない言葉ばかりで、毎回大混乱していました。例えば、「膝の力を抜いて構える」と言われて、実際に力を抜いてみたら、その場にへたりこんでしまいました。膝の力を抜くと立てなくなるんですね、知らなかった。じゃあ、「膝の力を抜いて構える」とは一体全体、何を意味しているのか?「腕の力じゃなくて、下半身の回転で打つ」と言われて、ゴルフクラブを落としてしまったこともあります。
加えて、一緒にゴルフをする友人たちは運動部経験者が多く、毎回、価値観の違いに驚いていました。体罰を容認する友人たちと、言い合いのようになる場面も数々ありました。文化の違いを知るのが、楽しみでもあり苦しみでもありました。

●2021年、コロナ禍の運動不足とストレスが山のように積もっていました。もっと自分の身体を思い通りに動かしてみたい、そして、今まで全然自分に関係のない新しいことをやってみたいと思い、キックボクシングジムに通い始めます。テレビで格闘技を見たことはないし、キックボクシングの試合のルールも知らず、当然人を殴ったことも殴りたいと思ったこともない、というような状態で、入会しました。

入会した直後のことは、ジムのオーナーによく揶揄されます。「この子はちょっと教えられないかもしれない、と思った」とのこと。1時間レッスンを受けても全然疲れないほど、まったく身体を動かせなかったです。

●キックボクシングのジムに通い始めて2ヶ月ほど経って、ゴルフのインストラクターの友人に、パーソナルレッスンをお願いしました。基本的な筋トレの体勢と筋肉の動かし方を教えてもらいました。
「バービージャンプ」なんて聞いたこともないし、スクワットを何のためにするのかピンとこないですし、プランクをすると肩が痛いし、クランチの姿勢をとると首が痛くてたまりません。そういった悩みを言葉で解説してもらいました。

初心者なので、当日に悩みが解決するなんてことはありません。ですが、質問にちゃんと答えてもらえるんだと体験したことによって、その後ジムでも、インストラクターに質問することに戸惑うことがなくなりました。
お尻を突き出すとか、つま先より前に膝が出ないようにするとか、いろいろよくある注意をまずは全部守ってみようと頑張ってみました。

●2022年、連打ができるようになりました!!
それまで、10回ぐらい連続でジャブとストレートを打つと、足と手がばらばらになってしまって、うまく殴れませんでした。
それを先のゴルフのインストラクターの友人に相談したら、「リズム感がないんだよ」と言われました。私は、幼少期からいろいろな楽器を経験してきたので、リズム感には自信があったのですが...。友人曰く、メトロノームや他人の演奏に合わせるリズムではなく、自分の身体のリズムがあるのだとのこと。
ひたすらサンドバックに向き合い、体重移動を意識しながら、ぽすぽす、ぽすぽす、ぽす...と練習。ある時、閾値に達したのか、急に1分ぐらい連打ができるようになりました。やったー!なんだかとてもレベルアップした気分です。
そして、ついにクロスバイクを購入し、10kmぐらいの移動は自転車で行くようになります。

●2023年にアマチュアの試合に出るために、3ヶ月ぐらい、試合に勝つための練習をしました。全然これまでとは違う練習に驚きました。
相手が嫌がることをする、相手のミスを誘う、ということに驚きを隠せませんでした。一体何のために……と悩んだりもしました。いやまあ、試合に勝つためなんですけれどね。「アマチュアの試合に出てみたいけれど、勝ちたいわけではない」なんて言ったらブン殴られそうな雰囲気です。ヤッバイ異文化。一回試合に出てみて十分に満足しました。反動で(?)スポーツ観戦ができるようになりました。
試合の後、久しぶりに、飲み屋のゴルフコンペに参加し、ゴルフのインストラクターの友人に再会しました。「姿勢も身体の形も全然変わっていて誰か分からなかったよ!」と言われました。えへへ、嬉しい。

●2024年になって、急にキックボクシングのインストラクターに褒められています。
軽くスイッチジャンプをしているとき、「良い感じに上半身の力抜けているね」と。そんなこと褒められるのは初めてです。先日は、ミット打ちの後、「体をどう動かせばいいか分かってきたでしょう」と言われました。「今まで、足の向きや頭の位置とかいろいろ言葉で説明してきたけれど、今は、自分の体の反応で、体をどう動かせばいいか分かってきたでしょう」と!わーい!わーい!

インストラクターは、「シュシュシュシュ!バーン!ってやってみて」とか「次は、パン!パン!パン!パン!でいくからねー」「ちがう、ダンダーン!最初のダンが大事!」などと指示するのですが、3年前は私も大真面目にその発言から意味をすくい取ろうとしていました。だんだん、おかしくて笑いそうになってきますが、インストラクターは大真面目に「なぜ通じないんだろう?」と悩んでいます。今私は、少しこのコミュニケーション方法が、できるような気がしています。

健康になりたい!健康のために運動をしなければいけないと思っていた2015年には、まったく想像もできないところに来ています。これからも楽しみです。