2026年2月10日火曜日

普通の左翼のための、異文化コミュニケーション入門

 

1、差別主義者にも基本的人権がある


まず第一に考えたいのは「私たちはどんな社会を目指すのか」である。
これについては、どんな左翼もとても熱く、饒舌に語ってくれると期待している。
しかしどんな理想的な社会にも常に、少数派が存在する。
どんな少数派を想像するかはお任せするが、彼らは決して劣った人ではない。
「成長途中」でも「未熟な市民」でも「再教育されなければいけない者」でもない。

どんな人も、私たちと同じように基本的人権があり、
自由があり、幸せに生きることができる。

もしあなたが教育者や公務員、政治家、活動家などである場合は
この国で差別は許さない、ということをはっきり主張していただかなければ困るが、
普通の左翼の人々には、そんな義務も立場もない。


2、差別に介入する方法はいろいろある

差別的な発言を見聞きしたとき、私たちができることはたくさんある。

・その場を離れる
・相手の話に同意したり、一緒に笑ったりしない
・猫や孫の話を振って話題を変える
・水をこぼして相手の話を止める
・差別を指摘してきっぱり制止する
・相談窓口に通報する
・SNS、口コミサイトなどで報告する
・その人のいない場所で「あの話は嫌だ」という

私たちは、目の前にいる差別主義者と対話をしない自由を持っている。
それでも、差別主義者と対話をしようという、勇敢な方々に向けて書く。


3、私たちの目標

対話とは、相手と同じ考えになることではない。
相手に意見を変えさせることでもない。
どっちが良い考えか、意見を戦わせることでもない。

「私たちはいろんなことが違うけど、同じ社会で生活している」ということを認め合うこと。まず、そこに立つこと。
現状、私たちが成し遂げなければいけないことは、
「差別主義者も、日本社会の一員である」と受け入れること。
そして同時に、差別主義者に、
「お前は左翼だが、私と同じ日本社会の一員である」と認めさせること。


4、異文化は怖くない

もう一度書くが、
私たちは、目の前にいる差別主義者と会話をしない自由を持っている。
今この瞬間にも、連絡手段を絶つこともできる。でも、向き合おうと思った。
その決心に至る経験があった。その勇気がある。

差別主義は間違いだと歴史が証明している。
日本国憲法がある限り、差別主義者には、なんの正当性も与えられていない。

そう、差別主義者は怖くない。


5、自分の対話レベルを確かめる

さて、私たちはどれぐらいうまく日本語でコミュニケーションができるのだろうか。

その手がかりにしたいのが、CEFRのCan-doリストだ。
CEFRは「その言語で何ができるか」を、活動の種類とレベルに分けて記述したものであり、できそうとかできると思う、ではなく、「実際やってみて」できるかどうかで判断する。

「やり取り」という活動の中の「会話」と「非公式の議論(友人たちとの)」のレベルを一部抜粋してみた。
ちなみに「会話」は初対面の相手を含めている。レベルは、Pre-A1が最もやさしく、C2が最も難しい。

【会話】
Pre-A1 簡単なやり方で、挨拶をし、別れが言える
A1 予測可能な話題の簡単な会話に参加できる
A2 招待、提案、謝罪をすることができ、またそれらに応じられる
B1 言いたいことが言えない場合もあるが、会話や議論を続けられる
B2 相手を不用意にイラつかせたりすることなく、関係を維持できる
C1 目的に沿って、柔軟に、効果的に言葉を使える
C2 社会や個人生活全般にわたって、言語上の制限もなく、快適に、適切に、自由に会話ができる

【非公式の議論(友人たちとの)】
Pre-A1 なし
A1 明瞭にゆっくりと話しかけられれば、好きか嫌いかを交換できる 
A2 提案を行ったり、出された提案に対して反応できる
B1 信条、意見、賛否を丁寧な言葉で表現できる
B2 正確に自分の考えや意見を表現でき、説得力をもって複雑な議論を提起したり、反応することもできる
C1 抽象的で複雑でよく知らない話題でも、複雑な対話に加わることができる
C2 穏やかに不同意や批判を扱いながら、微妙な事柄について怖気づくことなく助言を与えたり、それについて議論ができる

コミュニケーションはさまざまな条件があるため、うまくできる時とできない時があるが、
ぜひやさしいものから取り組んでみてほしい。
自分のレベルを調べるためには「やってみる」しかない。


さあ、ご近所さんと挨拶をしよう!


終わり。

0 件のコメント:

コメントを投稿