2016年10月31日月曜日

ポートフォリオと認知療法と『キンキー・ブーツ』について



1、ポートフォリオ
教育界では何年も前から「ポートフォリオ」の必要性が叫ばれていました。
ポートフォリオって、そのままの意味だと、書類入れとかファイルのことです。
文脈によって表すものが大きく違うのですが……

アートの分野では、作品集みたいな意味で、自分が今までに作った作品をまとめて、履歴書のようにバラまくもの。
金融業界では、運用資金の投資した先の、その割合や組み合わせのこと。
スポーツ界では、練習の目標や、今のスコア、自分の課題などを書き込むノート。『野球ノート』や『サッカーノート』などの名前で部活動をする生徒たちの間に広がっています。
教育分野では、学習の過程の成果物(読んだ新聞記事や、レポートや、発表資料などなんでも)をまとめておくもの。
そのほかにも色々な意味がありますが、今回は教育分野について。

なぜか、教育界では、このポートフォリオ、いまいち人気がありません。
2012年ぐらいにいろんなところで目にするようになりましたが、あまり広がっていないようです。
本当に効果があるの?という先生方の声をよく聞きます。
というか、私、納得いく説明を聞いたことがない。

しかし先日、東京学芸大学の森本康彦先生の話を聞いて、目から鱗が落ちました。
学習のパラダイムシフトが(やっと)起こっている!!!ということ。

ポートフォリオは、絶対的な正しさ、絶対的な知識がない分野で、効果を発揮します。
現代社会は、価値観が急速に変化し、そして多様化してゆきます。
毎日毎日新しい技術、新しい思想、新しい文化が生まれてゆきます。
一つのコミュニティーで一生暮らす人はほとんどいません。
生まれたコミュニティーで身につけた価値観や行動規範に、ずっとすがって生きることはできません。
自分と異なる価値観を持った人たちと出会う中で、自分の価値観を確立してゆく必要があります。
今の子供たちは小さい時から、毎日異文化に接しています。
学校を卒業した後も、50歳になっても60歳になっても学び続けていかなければなりません。
教科書はありません。試験もありません。だれも採点してくれません。だれも答えを知りません。
そんな中生きて行くために必要なのは、「学び方」を知っていること。

この「学び方」を知るための道具がポートフォリオです。
学んでいる過程というのは、外から見ていてもわかりません。すぐに消えて無くなってしまうものです。
それを注意深く記録しよう、という試み。
それがポートフォリオです。


2、認知療法
大学で就活が始まる時期から、どんどん友人たちが病んでいきます。
社会人6年目になっても、またお前もか…ってぐらいの勢いで病んでいきます。
日本はどうなっているんだ。なんという社会だ、と時々嘆いたりするんですが、
私が一人で嘆いたって世界は変わらないのです。

そんな病んでいく人たちにお勧めしたいのが、認知療法、認知行動療法です。
微妙に違うらしんですが、発想は同じ。やることもだいたい同じ。
事実と感情を、切り離して考える訓練をします。

みけにゃんProject

上記のサイト、結構古いし、語尾がムカつくんですが、わかりやすいと思います。
あと、別にこのサイトに書いてあること全部しなくてもいいんです。
とにかく、辛い自分の気持ちと、それを引き起こしている事実を分けて、書き続けること。

そしてちょっと落ち着いている時に、過去の自分のメモを読んでみると、
そうかこの時こんな感情になったのは、もしかしてあれのせいかもしれない、とか。
なんだこれ、これっぽっちのことで死にたいとか思っていたのか…とか。
自分の認知の癖や歪みが見えてきます。
自分の頭の中にある感情を、整理する道具になります。
そして感情をコントロールするためのきっかけを、知ることができます。

最初は何を書けばいいのかわからなくて、誰に見せても100点満点の、気持ち悪い日記になると思いますが、
慣れてくると、誰にも見せられない、大切な自分だけのノートになります。
これだよね、ポートフォリオ!!!
自分の中の思考の変化、成長の過程、トライ&エラーを記録してゆくもの。





3、『キンキー・ブーツ』
大好きな映画『キンキー・ブーツ』のミュージカル版、9月に日本人キャスト、10月に来日版、見ました!

感想は長くなるのでここでは触れず…。
とっても素敵な台詞がこちら。

You change the world when you change your mind.

認知を変えれば世界が変わる、ということ。
この言葉を改めて、噛みしめています。
今、努力して異質なものを受け入れても、次にまた新しい異質なものが登場します。
常に世界が変わるということは、常に自分の意識も変えていかなきゃいけないってことなんだなぁと。
そうしないと「男」とか「女」とか「日本人」とかいう危ういアイデンティティーにしがみつく人たちと同じになってしまう。

つながりが希薄、とか言われている現代の若者たちだけど、大丈夫。
教育は、「自分と隣人の価値観が違う」状態でも生きてゆけるように、準備している。
ポートフォリオ、すごいんだよ!

2016年10月19日水曜日

10年前の友人に対して、懺悔。

最近すごく過去のことで恥ずかしいというか後悔していることがあって、それは、 昔の友人への、自分の対応なんだけど。
昔の友人というのは、10年前、一緒に韓国語初級クラスに通っていた女性。
今はまったく連絡をとっていない。


彼女は、はじめて会ったときから在日韓国人であると隠さず、本名を使っていた。
彼女はいつも声が大きくて、明るくて、面白くて、いつもクラスの中心にいた。
いつも彼女の趣味のドラマとかダンスの話とか、仕事の話とかばかりしか話していなかったけれど、あるとき、彼女が、自分が在日韓国人であるということについて、話をしてくれたことがあった。
いつもと違って真面目に、少し目に涙を浮かべながら。

高校までは、通名を使っていたこと。
家族はいまでも通名を使っていること。
韓国にいる親戚と、言葉が通じなくて困ること。
在日韓国人は、有名大学を卒業しないと就職口がないと聞いて、浪人して、猛勉強したこと。
いつも持ちあるいている在留カードも、見せてもらった。
同じ韓国語のクラスに、在日韓国人が何人かいるということも教えてもらった。それが誰かは教えてくれなかったし、私も聞かなかったけれど。

私は彼女を当たり前の存在と思っていたので、
あなたを差別する人がいるの信じられない!
今は幸せそうでなによりだね!
と言って、笑っていた。

いま、いろんな在日外国人の方や外国語母語話者の方と仕事して、
お酒を飲んだりして、やっと、
差別は私のすぐ隣にある、ってことを知った。
彼女と会った10年前は、私は何も知らなかった。


在日外国人であることでどんな差別を受けているのか。
日本と韓国のどちらにも所属していない彼女が、本名を名乗れるようになるまで、どんなに悩み、苦しんだのか。
いま、本名を名乗ることで、どんな苦しみを味わっているのか。

在日外国人は、家を借りにくいとか、
在日外国人は、就職しにくいとか、
在日外国人は、レストランを予約してもトイレの近くの席に案内されるとか、
そんなの極々一部の差別主義の人がやっていることで、
私はしない(だから関係ない)と思ってた。

でもそういうことって、1回体験するだけですごく傷つく。
名前を名乗れば、外国人ですか?と確認され、
日本に住んで長いんですかと聞かれ、
日本語の能力が低いと思われ、
使ってもいないのに、通名にしたら、と他人に言われ、
「あ、うち外国人には部屋貸せないんですよ」と面と向かって言われることは、
すごくすごく傷つく。
自分はなんで「日本人」じゃないのか、何度も悩んだだろう。

笑顔で私の目の前にいた彼女は、そういう体験を確実にしていて、
毎回、傷ついてきたんだと、いまの私は想像できる。
そんなことも知らず、他人事のように彼女の話を聞いていた、かつての私…。
あのとき彼女は、私にもっと話したいことがあったのかも知れない。
嫌なことがあったのかもしれない。
もっと寄り添ってあげられたかもしれない。


日本で生まれて日本で育って日本で働いて、
日本で生活している人は、日本国籍を持っている人だけじゃない。
日本語を母語としている人だけじゃない。
日本文化に属する人だけじゃない。
日本にいる「外国人」は、旅行者や留学生だけじゃない。

最近、いろんな場面でわっと後悔の念が湧き上がって、
どうしたら良いのかわからなくなるので、ここに 書いておきます。
知らないとは、こんなにも恐ろしいことなのか。
いまの友人たちと、これから出会う人たちを、大切にします。
懺悔。

2016年10月9日日曜日

未来の日本語について考えていることメモ

・第四、五言語で勉強したい人たちを増やす
・カタコト日本語をどれぐらい許容できるか

平成27年国勢調査で、日本の人口の減少が報告された。もう日本語を第一言語とする人口は、たぶん増えない。
っていうか、国勢調査は外国人も入っているから、もうだいぶ前から減少しているんじゃないかな。
これから、日本語を第一言語とする人は急速に減ってゆく。
じゃあ、誰が日本語を話すの?


日本語を第二言語として勉強する人が増えるかしら。
いや、そこは英語がやっぱり強いだろう。
母語で高等教育を受けれない人たちは、英語を勉強するし、
英語で書かれた教材はネット上に、あふれている。
もう日本の大学に行くために、日本の会社に就職するために日本語を勉強する人はどんどん居なくなる。

日本語を第三言語として勉強する人が増えるかしら。
いや、それも、中国、台湾や南米の言語が強いでしょう。
仕事もあるし、母語話者と出会う確率も高いし。

これから日本語が学ばれるのは、第四言語ぐらいなんじゃないかな。
日本語でマンガ読んでみたい。
うちのおじいちゃん日本人らしいんだよね。
昔、日本に旅行に行ったことがあって、楽しかったなー。
とかそういう人が勉強する。

問題は、日本語母語話者のほうにあると思う。
片言の日本語をどれだけ許容できるか。
日本人らしからぬ言葉をどれだけ受け入れられるか。

かつて(今も?)英語母語話者が抱えていた問題と同じ。

2016年2月3日水曜日

続・健康になりたい!

第1回目→ 健康になりたい!

先月健康について、こんなことを書きました。
年末年始毎日走っていたので、きっとアドレナリン出まくっていたんだと思う。

 ■ストレスの対処法(ジョギング、低用量ピル)を知った
 嫌なことがあったら走るって、すごく中学生的な考えかもしれないけれど、
 その時、私にはそんな発想もなく、甘いものとかご飯とかに頼っていた。

 そう。
 今まで、元気がないときは「プラスする」方法で解決していた。
 何かたくさん食べたり、何か買ったり、サプリを飲んだり、
 厚化粧したり、派手な洋服着たり、
 元気が出る映画みたり、テンションの高い音楽聞いたり。

 今は「マイナスする」方法があると知っている。
 夕食を食べなかったり、お酒を飲まなかったり、汗をかいたり、
 化粧しないで肌を休めたり、ゴムのズボン履いたり、
 簡単に泣ける映画を見たり、何もしなかったり。

 低用量ピルに関しても、副作用はない。
 休みを取ることも少なくなって、すこぶる良い。
 「生理は管理できる」っていう圧倒的な安心感。勝った感!
 あらゆるスケジュールを決める時の(あ、その日生理かも…)っていう不安がゼロにな

 る。

 悩んでいる人は早く飲めばいいよ。


さて、低用量ピルを飲んで半年経ちました。
改めて、その効果を書いておきます。



■身体的な辛さが8割ぐらいなくなった。
避妊が目的ではないので、飲む時間も決める必要がなく、
「飲み忘れても、翌日2錠飲めばいいよ。
プラセボ錠は飲まなくてもいいから、必ず7日空けてね」
という助産婦さんのアドバイスによって、随分ラフな飲み方をしています。

それでも、
立てない、座っていられない、歩けない、
お腹痛い、頭痛い、気持ち悪い、
といった身体的な苦痛はほとんどなくなりました。
出張の時や旅行や飲み会など簡単に生理ずらせるし、
自分の体調は自分で管理できる!という圧倒的な安心感があります。


■精神的な辛さがその分ひどくなった。
身体的な不調がなくなったことで、生理前の精神的な不調が目立つようになりました。
過去に書いた通り、生理前に非常に不安定な状況になるのはわかっていたのですが、
かなり無視できないレベルに。

今までは、
お腹痛い→会社行きたくない→くやしい、辛い
だったと思っていたのですが、
体調不良が何もなく、すくっと立てるのに起きた瞬間まったく生きる気がしない。
そこはかとなく悲しい、死にたい→会社に行かなきゃ→嫌だ、辞めたい
という状態です。

ついに今月、
生理直前の1日は休暇をとって、ずっと寝ていたのですが、
翌日職場に行ってもまったく仕事が手につかず、
椅子に座ると、じっと「今日辞めます」と上司に言いにいく練習を繰り返していました。
みんな私のこと役立たずって思っているんだと思って涙が出て、
バイトさんの笑い声も私のことを笑っているように思えきました。
誰かに相談しなきゃと勤務中に、無料電話相談に何度も電話してしまい、
通っている婦人科に相談すると、「心療内科を受診したほうがいい」とオススメされました。
会社近くの心療内科に「薬が欲しいんです。明日か明後日には良くなるから、今日だけなんです!薬だけでもお願いします」と泣きついてしまいました。
結局、時間外に見ていただけることになり、処方された薬は、抗不安薬。
そして初めて聞く、PMDD(月経前不快気分障害)という名前。

ヘルスケア大学「PMDD」(月経前不快気分障害)って、何?
http://www.skincare-univ.com/article/006559/

「PMDDの症状はいずれもその程度が重く、日常生活や社会生活へ支障をきたしてしまうことが大きな特徴です。
これらの症状にとても似ているのが、うつ病です。しかし、PMDDの場合は生理が始まって遅くとも1〜2日で症状が消失します」

そう、これこれ!これじゃん、私!
去年書いた症状はまったくこれと同じなんです。

 パニックになって一日中泣いていたり、「私は死ぬべきなんだ、それが最善な答えだ」
 とか振り切れたこと書いている日は、ほとんど生理1週間前。
 生理が始まって2日目ぐらいになると、ケロッと何を悩んでいたかすら忘れてて

 日記も書いていない。

PMDDにはピルより抗鬱剤が効く、とのこと。
私の治療は始まったばかりですが、
もし同じ症状で苦しんでいる人がいたら、是非早めに病院に行くことをお勧めします。
「女性外来」などのキーワードで検索してみてください。

2016年1月5日火曜日

年末年始に思い出した、2015年の変化

2015年は、いろんな世界に飛び込んで、コミュニケーションを学ぶ1年だった。
なんだかんだもみくちゃにされているうちに、「今、社会人に求められる力」みたいなものがちょっとは身についたと思う。
今までは、学力とExcel力だけで生きてきた感じだったもんね。
なんだかうまくいっているぞ、と思う点を記しておきます。

■「コミュニケーション能力とは、嘘をつくことではない」と気づいた

コミュニケーションについて悩むシリーズ。
第1弾→ 相談が苦手でオタク気質な私の話し方トレーニング
第2弾→ 人間関係を悩み続けてみる(5ヶ月目)
第3弾→ エポケー(判断保留)とエンパシー(共感)について

「コミュニケーション能力」って誰とでも問題なく差し障りのない会話が続くことではなくて、
相手が求めていることを理解して、それを提供する力だとわかった。今更!
誰かのために頭を下げ、交渉し、クレームを言うという経験は、公私ともに増えた気がする。

おいしいレストランを紹介したり、
相手が腰の悪い人だったら、テーブル席をお願いしたり、
帰りにすぐタクシーに乗るために、事前に予約しておいたり、
資料のサイズを統一して、見やすいように並べ替えたり、
道に迷わないように、交差点に看板を設置したり、
お手洗いに手を拭くタオルなどがあるか確認したり。
どんな状況になってもいいように準備しておくと、自然に行動範囲が大きくなって、
相手が困っている時に、「ペンお貸ししますよ」とか「この 袋使ってください」とか声をかけられる。
これがどれだけ重要なことか、海外出張でよくわかった。

こうしたら、もっとこの人が今の時間を楽しんでくれるかもって思うと、電話をかけることもまったく苦じゃない。
でもやっぱり、自分にふりかかったことに対するクレームはまだ上手く言えない……


■お金をかけることの大事さがわかった
仕事でも、プライベートでも、ボランティア団体に関わっている。
どれも、不幸にも、国や地域の行政の力が及んでいないところ、という分野だ。
少しでも状況が良くなって欲しいと切実に思っている。
でも、ボランティア団体にはもう、自分は、関わらなくていいかなって思えた。
理由は「ボランティアが活躍している限り、状況は変わらない」と思ったから。

お金をもらっている人と、お金をもらっていない人は、労働に対する価値観がまったく違う。
正直、共存はできない。
ボランティアが活発になればなるほど、その付近でお金を稼いでいる人は、心穏やかではない。
むしろ、無料で質の悪いサービスが横行して、プロが駆逐されるんじゃないかな。

プロフェッショナルになるというのは非常に大切なことだと思う。
でも、ボランティア団体が急にプロフェッショナル団体になり、お金を稼ぐのは難しい。
そもそもそんなこと求めてない人がほとんどだし。

やっぱりどんな問題も、
今、その付近でお金を稼いでいる人が、その業界を改革・盛り上げるしか方法はないのかなって。
そう思ったら、なんだか急にボランティア団体と関わる意味が見出せなくなってきた。
「◯◯で飯を食う」とか「プロフェッショナルと関わりたい」というのは、
好きではない発想だったけど、今では、その意味が良く分かる。


■ストレスの対処法(ジョギング、低用量ピル)を知った
嫌なことがあったら走るって、すごく中学生的な考えかもしれないけれど、
その時、私にはそんな発想もなく、甘いものとかご飯とかに頼っていた。

そう。
今まで、元気がないときは「プラスする」方法で解決していた。
何かたくさん食べたり、何か買ったり、サプリを飲んだり、
厚化粧したり、派手な洋服着たり、
元気が出る映画みたり、テンションの高い音楽聞いたり。

今は「マイナスする」方法があると知っている。
夕食を食べなかったり、お酒を飲まなかったり、汗をかいたり、
化粧しないで肌を休めたり、ゴムのズボン履いたり、
簡単に泣ける映画を見たり、何もしなかったり。

低用量ピルに関しても、副作用はない。
休みを取ることも少なくなって、すこぶる良い。
「生理は管理できる」っていう圧倒的な安心感。勝った感!
あらゆるスケジュールを決める時の(あ、その日生理かも…)っていう不安がゼロになる。
悩んでいる人は早く飲めばいいよ。

ピルを飲むまでの記録→ 健康になりたい!

2015年12月23日水曜日

なんで「同性婚反対」のゲイとレズビアンがいるの?

渋谷区と世田谷区でのパートナーシップの証明書発行のニュース、宝塚市や那覇市などでも同様の動きがあり、
私は友人たちと素直に喜び、祝杯をあげたりしていた。
「あ、私はレズビアンなんだと」自覚し覚悟した時、
同時に捨てざるを得なかった「結婚の可能性」が、なんだか復活しそうだからである。

同時に、SNSや、新聞の記事や、電車の中や、飲み屋の隣のテーブルから、多くの反対意見を聞いた。
もちろん、ゲイやレズビアン、バイセクシャルの友人たちからも。
2、3年前から思っていた、なんで「同性婚反対」のゲイとレズビアンがいるの?という疑問。

それが解決しそうなので少々頭の整理を。
きっかけは、伏見憲明さん主催の読書会で、渡辺秀樹、竹ノ下弘久編集『越境する家族社会学』に収録されている、
小倉康継「家族のそのさき、絆のそのさきーー「ゲイのエイジング」というフィールドワーク」を読んだからである。
(実は諸事情により、読書会は欠席したんだけど…)


以前からだいたい分かっていた、
同性婚反対のゲイやレズビアン、バイセクシャルの方々の主張は以下のようなものだ。
1、いろいろな理由で、結婚は男女のものでしょ、と思っている。
2、反対しているのはパートナーシップ条例の中身や効力であって、同性婚ではない。
3、反対しているのはパートナーシップ条例の作り方であって、中身ではない。

それに対して、私は冷淡だが以下のように思っていた。
1、あなたの理想の結婚はどうあれ、それを他人に強制する権利はないと思う。
2、今ある条例は、あなたが求めていたものではないかもしれない。でもそれによって救われる人をあなたは否定できないでしょう。
3、決定してしまったことを後から文句言うのは誰だってできる。大切なのは、同じ過ちを繰り返さないように、意見を伝える努力をすることなんじゃないかな。

しかしながら、イマイチ良い答えが考えられない反対意見があった。

4、同性婚なんて、古い社会制度を維持するだけだ。何の問題解決にもなっていない。

というもの。
次元が違う。何を指摘されてるのかすらわからん。
2番と同じ「今ある条例は、あなたが求めていたものではないかもしれない。でもそれによって救われる人をあなたは否定できないでしょ。」っていう答えで心を落ち着けちゃうのも良いのかもしれないけど、でももっと大事な考え方のような気がして 。
安易に答え出しちゃいけないぞ、と思っていたのです。

そして、読んだ。
小倉康継「家族のそのさき、絆のそのさきーー「ゲイのエイジング」というフィールドワーク」

わかったのは、みんな「家族ってなんだろう。自分は誰と生きてゆくんだろう。誰と死ぬんだろう。」ってことを、ずーっとずーっと考えてきたんだ。ということ。
そして、結婚制度の外で、パートナーと長年幸せに暮らしている友人、たくさんの友達に見守られてゆく友人、一人で死んでゆく友人を、たくさん見てきたんだ。
そして選択しないと決心した、現行の結婚制度は、対象が同性含むようになったからって、歓迎できるものじゃない、ってこと。

私、結婚や社会学には詳しくないけれど、
自分の祖父母や親の世代のように、
「男が外で働き、女は家事と子育て」という家族が、もう既に主流ではなくなっているというのはわかる。
なんでそんな歪な家族が必要だったかというと、それは、高度経済成長を効率良く支えるためだったかもしれない。

今は「男も女も程よく働き程よく遊び、子育てするなら2人で」って言うのが良いとされているような気がする。
結婚して子供がいる家族も、子供がいない家族も、事実婚の家族も、離婚して以来一人の人も、シングルファザーも、シングルマザーも、血縁関係のない人たちで住んでいる家族もたくさんいて、こんなにシェアルームやシェアハウスが流行り、いろいろなコミュニティーが出来上がっているのに、国に認められている関係が現行の結婚だけっていうのは流石におかしい。

結局、同性婚が認められるようになったって、本当に必要な「家族概念の拡大」にはちっとも寄与しない。それどころか、家制度や恋愛至上主義の延命になるだけだ。


だからわたしは、この4つ目の主張に対してはこう答えようかと思う。
いま、同性婚できないことで困っている人たちはたくさんいる。結婚できることが、支えになる人もたくさんいる。
でも、それだけじゃ、当然だけど、とてもじゃないが全員を救うことはできないと思う。
そして多分わたしは、いまの日本の結婚制度のままでは、同性婚が可能になっても利用しないと思う。

2015年12月18日金曜日

12月13日福生市LGBT講座、記録

12月13日、虹色とんちーさんの福生市LGBT講座に呼ばれて、当事者として自分の体験をお話ししてきました。
犬童一利監督の「カミングアウト」上映会のあとの対談です。お相手は、友人のななさん。二人とも、レズビアン。忘れないうちにメモしておきます。
聞いてくださった皆さん素敵な人で、泣きそうになりました。

  

映画「カミングアウト」の感想
私は、見るのは2回目。良かった。
1回目見た時、犬堂監督に「監督がゲイだったら殴ろうと思った」とか言っちゃったけど、今回は良かった。ごめんなさい。
最初、なんでそんなこと思ったんだろうと考えてみたんですが、
多分、映画に、想像の範囲外なことが起きないから。
カミングアウトしたらこんなことが起こるんじゃないかとか、一生懸命想像したり、
ゲイバーで聞く先輩方の失敗談とか、
カミングアウトしようとしている友達から聞くこと、そのまんまだから!


実際カミングアウトしてどうだった?
実は、「気持ち悪い」とか面と向かって言われたことはない。
友達関係は、静かに飲み会の誘いが来なくなるとか、そんな感じ。
兄には、「家族の性生活に興味ねえ」って言われた。後から考えるとひどい言葉だけど、その時は、肯定されたと思っちゃった。


カミングアウトするまで(1)自分のセクシャリティを受け入れる
カミングアウトしよう、って覚悟が決まると案外楽で。大変なのはその前。
私、高校生の時、「レズ」って単語しか知らなかった。
「レズ」ってネット検索すると、ほとんどAVの情報しか出てこない。
だから私、将来AV女優になるしかないんだって本気で悩んだ。
「レズビアン」ていう、自分を説明する言葉を手に入れた途端に、私は「レズビアンらしく生きなきゃ」と必死になった。
レズビアンらしい服装、レズビアンらしい立ち振る舞い、レズビアンらしいお酒の趣味、とかなんかそうゆうものがあるんじゃないかって思って、必死に頑張ってた。そんなものないんだけどね。それがわかるのに2、3年かかった。

ななさんの場合
自分はテレビで「変態」って笑われる人たちになるんだと、思った。
この子が好き!って気づいた時に、「男にならなきゃ」って思い込んで、しばらく自分をFTMだと思っていた。それが違うって気づいたのは、初めて自分以外のレズビアンに会った時。
しばらくは、レズビアンだというよりも、バイセクシャルって言ったほうがなんだか広く社会に受け入れられるような気がして、ずっと周りにはバイセクシャルって嘘ついてました。


カミングアウトするまで(2)自分以外のセクシャリティを知る
私もななさんも、生まれながらに多様性なんて持ってないんです。
実は、ものすごい勢いで、自分の中の偏見と出会い、乗り越えているだけです。

私は、2丁目に通いだしてすぐのとき、男っぽい2人のレズビアンが、恋人同士だって聞いて、もうびっくり仰天した。2人とも男役じゃないの!?って。
異性愛規範を私も持っていることに気づいた。
バイセクシャルって、彼氏も彼女も両方欲しい人でしょ。ゲイって別に女ともできるんじゃない?とか、手術してないのにトランスジェンダーって名乗ってるの?とかものすごい偏見の塊だった。一個ずつ、「あっ、違うんだ!」ってちゃんと自分の偏見を恥じてきた。
初めてMTFレズビアンに会ったときは、「わー!初めてMTFレズビアンに会いましたー」って言いそうになった。自分が「レズビアンに初めて会いましたー」って言われてちょっともやもやっとすることを、私が、やろうとしてた。
自分以外のレズビアン、自分以外のセクシャリティの存在を知って、自分がどう生きたいかとか、もうそんなカテゴライズに惑わされる必要はないとか気づく。
時間がかかることだと思います。


カミングアウトした後
カミングアウトは出発点で、それからが大変。
「レズビアンもスカートはくの?」とか
「男の子になりたいの?」とか
誤解はたくさんある。
でもだいたいもう怖いものなし。何聞かれても冷静に答えれるかな。


印象的だった参加者の言葉
セシャリティが揺れるというのに、驚いた。みんな小さい時から、ゲイだってわかっているものだと思っていた。でもそれをちゃんと受け入れるのに時間がかかるって、今回初めて知った。
息子には自由な生き方をして、いろんな人を受け入れられる人になって欲しい。
いま、誰にも言えないで苦しんでいる人がきっと知り合いにもいる。私がこのLGBT講座に行っていることを知って、少しでも楽になってくれればいいと思っています。
LGBTらしくじゃなくて、みんなが自分らしく生きれるようになるといいね。