2020年10月13日火曜日

33歳になってやっと、キレイになりたい!と言えるようになった。






 ■うっかり問題を認識

性に関して楽しく話す・考えるワークショップ「あも会」に、
主宰の友人に誘われて何回か参加しています。
2020年6月のテーマは、「コンプレックス」でした。

参加者がそれぞれ、
自分のペニスが他の人より小さいと感じる、とか
普通より体毛が濃いのが恥ずかしい、とか
緊張しやすくてED治療中だ、とか
色々話している時に、私も、自分の身体について思っていることを話しました。

私は子供の頃から、よく、母親と兄から「デブ」とか「ブス」とか言われてた。
悔しいから、痩せようとしてご飯減らしたり、
お洒落しようと思って可愛い下着を買ったりすると、
「どうしたの? 色気づいちゃって。気にしてたの?」と笑われる。
なので、私は「デブ」で「ブス」でいることが期待されてるんだと思っていた。
「痩せたい」とか「可愛くなりたい」って思ってはいけない、言ってはいけないとずっと思っていた。
この問題は、まだ、解決できてない。

こんなことがするすると口から出てきて、私が驚きました。
ずっと心の中にあったものが、ついに、
解決する時がきたのかもしれません。

■過去を振り返る
そういえば、昨年、スポーツジムに入会するときに
スタッフの方に「ダイエット目的ですか」って尋ねられて、
大きな声で「違います!」って言ってしまいました。
どうしてそんなに強く否定しなきゃいけなかったんだろうって、ずっと心に引っかかってました。

断食も、運動も、銭湯も、サプリメントも、健康の為なら何でも楽しく挑戦しているのに、
キレイになるためや、痩せるためは、お金も時間も使ってはいけないと思っていました。
そういえばこのブログの過去の記事でも、「健康になりたい!」としか言えませんでしたね。

人に「目が大きいくていいな」とか「肌キレイだね」って褒められるのも嫌でした。
化粧もしなくて、日焼けもしないだけなので、
そんな表面的なこと言われても、どう反応して良いのか困り果てていました。
スタイルが良くなくても、可愛くなくても、
実力で認められないと意味がないって、無意識に思ってました。
何の意味だよ(笑)

■キレイになりたい!って言えた!
で、この問題を認識して一ヶ月後ぐらいに
「あも会」主宰の友人に、感謝と、
そして改めて、キレイになりたい!って伝えました。

そしたら間髪入れず「キレイになりましょう!」と応えてくれました。
素晴らしい人だ!!!

■エビデンスと感覚はどっちも大事
この夏、美容初心者のブログやSNSなど、大変参考にさせていただきました。
頭で納得しないと行動に移せない頑固な美容初心者が、
まず最初に何を考えていたのか、誰かの参考になればと思って、ここに記しておきます。

そもそも、人体に「効果」があるものは、医薬品だけです。
人は、想像以上にネット上の雑な情報を既に摂取してしまっているので、
栄養や美容に関しての誤った知識を矯正する必要があります。
栄養学や筋トレに関する書籍を買い求めました。
とはいえ、エビデンスを求めすぎると、勉強だけで人生が終わってしまいそうです。
エビデンス以外の、自分の感覚に頼ることも大事だと考えています。

1、効果が現れるのが遅いものから取りかかる
2、自分の五感を信じる
3、あんまり好きじゃないものの成分を調べる
4、とりあえずオーラルケア

1、効果が現れるのが遅いものから取りかかる
皮膚の細胞が入れ替わるのには約1ヶ月、
体内の細胞がだいたい入れ替わるのには、約3ヶ月かかると言われています。
禁煙や筋トレも3ヶ月続けてみよう、って言われている所以だと思います。
でも、慣れないことを3ヶ月続けるって結構大変です。
一方で、骨代謝は3〜5年かかります。人体で一番代謝が遅いものです。
まずは、1日でも早く、骨から取りかかろう!

逆に、1週間や2週間で効果が出るものは、
その前の状態が悪すぎたり、
摂取する栄養が偏っていることを疑った方が良いです。

2、自分の五感を信じる
脳みそで理解していても、
どうしてもやる気が出ない、なぜか続かない、ということもあります。
そんな時は自分の知覚能力を信じることにしています。

ちなみに、私は、
はっきりした色遣いや、質量を感じるフォルムが好きです。
ドライヤーの音がどうしても苦手で、使いません。
私は香りの好き嫌いがはっきりしているので、洗剤も化粧品も、香りで選んでいます。
サラサラパウダーも、モッタリしたクリームもどっちも苦手です。
オーラルケア用品は、低刺激で、あまり味がしないものが好きです。

3、あんまり好きじゃないものの成分を調べる
人に勧めて買ったり、人からもらったものもいくつか持っています。
その中で、かぶれたり、ピリピリしたりするわけじゃないけど、
なぜか最後まで使い切れなかったもの、
なんだか使うのを忘れてしまうものを、避けてみようと思いました。

ちなみに私は、
なかなか使い終わらないもの共通点として「スクワランオイル」がありました。
全部ホホバオイルのものに買い換える予定です。

4、とりあえずオーラルケア
口臭について指摘してくれる人は、基本的にいません。
解決して困ることはありませんし、気にしすぎぐらいがちょうど良い、と思います。
安価なものでもいいので、
常に2、3種類のオーラルケア用品を買っておいて
飽きないように、毎回組み合わせを変えながら楽しんでいます。

2020年5月29日金曜日

自分が本当に興味あることを見つけるのは難しい




もともと自分は、好きなものは好き
興味ないことは興味ないってはっきりしているので、
好きなのに全然うまくいかない、と悩むことはあまりないんだけど
植物に関してはだけは、長年悩んできた。

森が好きだ、湿地が好きだ、庭が好きだ。
動物や植物がたくさんあるところが好きなんだけど、
自分が育てるとなると、話が全然違う。

簡単に育てられるといわれている数々の植物を枯らしてきた。
逆にどうやって枯らせばいいの? と言われるような、
ミント、ローズマリーですら、瞬く間に枯らしてきた。

植物は、好きなはずなんだけど、
朝顔育てるのとか好きだったのに、なんでこんなことに……

3年ほど前、偶然にも植物を育てるのが非常にうまい友人に出会い、
会うたびに植物の話を聞いてきた。
植物の話っていうか、地球の生態系の話。


3年ぐらいお酒飲みながらお話聞いて学んだことは、
・そもそも植物は枯れるもの。枯れても気にしない。
・木だけ育てようとすると失敗しやすい。
 自然界では、菌や苔、虫、鳥によってバランスが取れている。
・植物がうまく育つ要因は様々。植物との良い距離感を探るべし。


確かに今まで、
完璧に育ててやる〜!ってかまいすぎたり、
すっかり忘れて3ヶ月ほど水やっていなかったり、随分極端だった。
「距離感」って一番難しいやつじゃん。子育て並みじゃん。

この3年間、
様々な花を買い、枯らし、を繰り返してきた結果、
わかったことは、自分は、本当は何が好きなのか?ということだった。
鉢植えを買ってきても、いまだに、だいたい失敗する。
でも、差し木したり、発芽させたりして育てていくのは、結構うまくいく。


そう、私は、後者の方が好きだった!!
花や植物の鑑賞への興味はあんまりなかった!!!
そうだったのか!

自分が本当に興味あることを見つけるのって、
特にその隣接領域が苦手な場合、時間かかる。

2020年1月31日金曜日

健康になってきた経過報告

第一回目→ 健康になりたい!(2015年7月29日)
第二回目→ 続・健康になりたい!(2016年2月3日)

2015年から
健康のためにいろいろやってきたことまとめ。

■モチベーション
これまでの私がお会いした方々の中でのことだけど、
60歳、70歳になっても聡明で活動的な女性って、
みんな、肉食って、走ってる。
私も、楽しい70歳を目指して、頑張る。

■植物育てたり、野菜の定期便も始めた

■ジョギングはあまり続かなかった
1年未満でやめたと思う。
原因は、花粉症と、走ると必ず喉が痛くなることだった。
多分、車やトラックもよく通る大通りの歩道を走っていたのが問題だった。
でも、一人で夜暗い道は走れないし、
朝早く起きて走るほど効果が実感できていなかったので、継続できなかったのは当然かなと。
ジョギングのために購入したスポーツウェアはまだ使っているので、無駄ではなかった。

■婦人科を替えて、低用量ピルも替えた
PMDDの症状がひどくなって、別の婦人科に通い始めた。通算5軒目。
新しいお医者さんに「え、なんでこんなピル処方されてるの?」って聞かれたのはとても印象的。
新しい低用量ピルは、まったくPMDDの症状が出ないし、保険も効くし最高である。

低容量ピルを変更する少し前から、
女性外来に通って、抗鬱剤をもらっていた。
家族関係が悪化し、うつ状態が続いた。
心身ともに最悪な状態だったが、
とにかくPMDDが無いので、家族と関係を切ったら、自然と回復した。

■2017年から1年間ホットヨガに通う
しばらく、整体や銭湯に通ったり、家でYoutubeを見ながら筋トレやヨガをしていた。
筋トレは一生懸命2ヶ月ぐらいやっても、効果が全く分からず、やめた。
寝る前にヨガをすると深く眠れるので、それは続いていた。
効果をもっと高めたい、と思い、流行りのホットヨガスタジオに入会。

半年ほど、週末に週1回通っていたが、
仕事が忙しくなって平日の夜も通い始めるようになった。
そしたら、見事に、時間が合わなかった。
どうしても今日はヨガをしたいと思う日が、スタジオの定休日だったり、
レッスン開始時間が変更になっていて、入れなかったり。
このスタジオとは相性が悪いのかな〜と思ってた時に、決定的な出来事があって、退会。

ひとつは、体調不良になった参加者に対して、
スタッフがすぐに対応をできなかったところを、見てしまったこと。
もうひとつは、マントラを唱えるインストラクターに当たってしまったこと。
とにかくあらゆる宗教的行事が苦手な私は、マントラは、一度で駄目だった。
心が閉ざされました。

■2019年から自転車ジムに通い始める
1年以上前から、会社の後輩から某暗闇バイクスタジオをお薦めされてたことと、
そのスタジオが、ホットヨガスタジオと同じビルに入っていたことが決め手で、
人生で初めてのスポーツジム入会!

とにかく仕事が忙しくなってきて、
大きな仕事をやり遂げるために必要なのは体力とストレスマネージメントだ、
と、確信していたので迷いはなかった。
音楽もクラブも、好きだし。

入会した時は、週3回ぐらい行けたらいいな〜と思っていたけれど、
結局今は週4回ぐらいで通っている。
ジムに行ってから出社するときは、始業1時間前に会社に着いて朝ごはん食べてる。
自分でもびっくりするぐらい生活が変わっている。

■運動の効果ってこういうことか!
会社の人や友人に、「運動しはじめて体調変わった?」とかよく聞かれるんだけど、
こんな健康的な生活していたことがないので、なんていうか、
全てが違くて比較対象がない。

確かに言えることは、性格が変わった。
「全て運動が解決してくれる」と思うようになったし、
私に感情をぶつけてくる人たちに対して
「この人も運動すればいいのにな」と思うようになった。

とにかく、みんなに運動を勧めたいけれども
私は、そういう人が嫌いだったので(今も嫌いだけど)、頑張って我慢してる。
結論:筋肉は人生を変える。

2019年2月11日月曜日

死刑と、ヘイトクライムについて

相模原障害者施設殺傷事件についての演劇を見て、
なんだか、すごく、暗い気分になっている。
酷い事件だ。そこは同意。
でも、日本で、法やヘイトクライムについての議論って
このレベルなの?っていうか。なんつうか。

あらすじは、以下のような感じ。
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死刑制度廃止を訴える人権派弁護士が、
相模原障害者施設殺傷事件の実行犯の国選弁護人となる。
被告人や、被告の両親、被害者の家族と面会するうちに、
弁護士は、被告人を憎み、被告人は死刑にすべきだ、と強く望むようになる。
死刑制度廃止の主張との矛盾を感じて悩むが、
自身の被告人への憎しみと、被告人の人権遵守の立場を切り離し、裁判へと望む。
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私が、主人公に感情移入できないポイントは2つある。

1、死刑制度は、
「国民は人を殺してはいけないけれども、司法は人を殺して良い」という
この社会システムの欠陥だ。命が尊いとかそういう話ではない。

2、日本であのようなヘイトクライムが起きたことについて、
私は、全然、驚いていない。



1、について。
人が、何が原因で犯罪を犯すかという普遍的なものが解明されない限り、
全ての人が、犯罪を犯す可能性があると思う。
善良な国民と死刑囚は、地続きだ。そこに断絶なんて、ない。


生まれ落ちた環境は、選べない。
生まれたときから選択肢が少ない人は多い。
犯罪者になるしかない人も居る。
そういう人たちに、「罰」を与えても意味が無い。
必要なのは、「社会のルール」と
「自分と社会の折り合いを付けて生きていく方法」を学ぶ場である。
現在、かろうじて前科の無い私も、上の二つは、義務教育で習っていない。
親からも、高校の先生からも、誰からも、教わっていない。

竹中功『よしもとで学んだ「笑い」を刑務所で話す』という本を読んだ。
軽犯罪を繰り返す受刑者のために、刑務所でコミュニケーションを教えるそうだ。
近所の人と挨拶をしよう、と。
「おはよう」と言い合える人には、「助けて」「お金貸して」って言いやすい。
もう、お金や食べ物を盗まなくて良くなるよ、ということを教えるらしい。

読んだときは、そこから!?と正直絶句した。
でも、すぐに納得するようになる。
会社を鬱病で退職する人、犯罪者になってしまった過去の同級生、
ハラスメントを繰り返す部長、モテたいとしか言わない非モテを拗らせた人、
なんだかみんな、下手なのだ。助けを求めるのが。
「だれも、自分を助けてくれない」と思うかもしれない、
でも、助けを求めるような人間関係を築く努力をしていないじゃないか!とも、思う。
そしてその方法は、誰も教えてくれない。

刑務所に入れた人しか、その教育を受けられないようでは、いけない。
今ぎりぎり、病気にならなくてすんでいる人、
犯罪者にならなくてすんでいる人を救う手段も、教育だ。
30代でも、70代でも、学べる環境を作らなければいけない。つよく、そう思う。



2、について、
もしかして多くの日本人がこの感覚なわけないよね?って思って、うんざりする。

ヘイトがあふれているのは、なにも、2ちゃんねるやTwitterだけじゃない。
会社で、飲み屋で、コンビニで、役所で、旅館で、いつだって目にするものだ。
この社会の行政システムに、この社会に蔓延している。

タクシーに乗れば、運転手が、
最近外国人多くて困っちゃうね、とまるで天気の話をするかのように言う。
旧姓で働く女性が、国際学会に出席するときに、毎回、パスポートの確認で手間取る。
30年近く日本に住んでいる人でも、見た目や名前が外国人風だと
「日本語うまいですね」と、本当に、どこでも、何度も何度も何度も言われる。
何人もの在日韓国人が、自分がそうだと言えずに、おびえている。
ホームレスの人が寒さに凍えているけれど、町の人は、見て見ぬふりをしている。

今まで多くの、在日韓国人が、障害者が、日雇い労働者が、女性が、同性愛者が、
ときにはくじけながらも、絶えず声を上げ続けてきたのに、
それにまったく気がつかずに、主人公は、今更、被告人のヘイトに驚くのか!!

おまえの目は、いままで、世界の何を見てきたんだ。
おまえの耳は、いままで、誰の声を聞いてきたんだ。
マイノリティーの声をかき消してきたのは、おまえじゃないか。
おまえみたいな奴が、この世界の大多数じゃないはずだ。

悔しい。こんな舞台が存在していることが、悔しい。

2019年2月5日火曜日

百合部ミーティングと『女子BL』のおかげで、腐女子と百合男子の理解が変わった。

ごめんなさいと、最初から謝っておきます。
申し訳ありません。愚かな考えでした。



私、「萌え」って、ある種の支配欲、みたいな感情だと思っていました。
その言葉が流行ったときには、
ドジっ娘とか、ツンデレとか、幼女とか、
古典的な、性欲を隠れ蓑にした支配欲がジャンルとして強かったのだと思います。
「熟女萌え」が登場したとき、おや?と思いましたが、よくよく話を聞くと
「社会的地位のある自立した女が、何か可愛い趣味がある」とか言われて、
それ自分より強い人間の弱い部分を探して喜んでるだけじゃーんって思ってました。
その理解は、この10年間変わりませんでした。

BLに関しても、
「男が、悩んだり泣いたり照れたりしてる、いろんな姿が見たい」という
男を女と同じ地位まで引きずり下ろすもの、として理解していました。
実際そういう場面、テレビとか雑誌ではあんまり見ないしね。
だから、女性向けという点で、BLもTLも非常に距離が近いのだ、と。
男性向けという点では、百合に関しても、ハーレムアニメとたいして差異がないと。

そこで処理しきれなかったのは、そう、
BL好きの女性と、百合好きの男性がよく言う、
「カップルの部屋の観葉植物になりたい」「壁になって見守りたい」ということ。
すごく頻繁に聞く。

とはいえ、観葉植物になったり壁になったりできない訳なので、
「これは本音なのか?」と疑っていました。
重ねて、本当にごめんなさい。

でも、
こんなにたくさん「観葉植物になりたい」って言う人がいるってことは、
真剣に考えなきゃって思ったし、
百合イベントとかに来る男性とか本当にいい人っぽいんだよ。
男らしさを振りかざしたりしない男性、
こんなにたくさん集まってるの見たの初めて!って感じです。
意識的に、BLや百合を読んだり、トークイベントに行ったりしてきて良かった!

現在の理解。
男が女を、あるいは女が男を、純粋に愛でる方法なんだ!
関係性を約束したり、対価を求めたり、束縛したり、
付き合ったりする以外の、愛でる方法だ!


そうそう、それって私も感じていた、
異性愛至上主義によって、無いものとされていた感情だよね。

物語上では、男と男、女と女の関係や経験の共有は
すごくよく描かれるのに、恋愛感情だけは存在しない。
男の女の関係は、好きなのか嫌いなのか、
肉体関係があるのかないのぐらいしか話題がない。
ということを、幼い私は思っていました。
そんなことないよって言うことはもうわかっているんだけどね。
でも、メインストリームではないよね。

異性愛至上主義からあぶれてしまうのは、
純粋に、異性を見ていたい、応援したい気持ち。
そして、同性に欲情する気持ち。
同志じゃん!!

はー、なんかちょっとスッキリした。

書泉ブックタワーで行われた百合部ミーティングについては、
Twitterで #百合部MTG を検索してください。
『女子BL』は、電子書籍でお楽しみください

2018年9月10日月曜日

対話とは、多分私が経験したことのないもの。合コンみたいな。


差別に苦しんでいる人や、社会システムで不利益を被って怒っている人に
「冷静になれ。その方法じゃ誰にもあなたの悩みは伝わらないよ」とか言ったり、

結婚したくて、恋愛市場での自分の価値をあげるために頑張っている人に、
「そんな、他人に点数つけるような人たちがおかしいよ」とか言ったり、

自分がゲイだって絶対に、親にも友人にも職場の同僚にも言えないと悩んでいる人に
「そんなの悩む必要ないよ。何か資格とって都会で就職したら?」とか言ったり、

なんらかの理由で、十分な教育を受けられなかった人に、
「頭つかえよ。ニュース読みなよ。」とか言ったり、

周りの男性に30年以上馬鹿にされ続けて、すっかり内面化してしまった女性に、
「怒らないとだめだよ!ちゃんと上申しないと!」とか言ったり、

なんでそういうことが起こっちゃうんだろうと思ったけれども、
それって本当に、ただ、相手が見ている世界や環境を知らないだけなんだ。
自分が見えている世界と、全然違う世界があるということを、認知できていないだけなのかもしれない。

対話ってなんだろうと考えれば考えるほど、
「私は、対話を、したことなかった」と思うし、
対話が成立している状態はこうです、とは、説明できない。

対話とは、そういうことなんだ。
「ほんと、まじ意味不明」「なんでそんなこともできないのかな」って思うような人と、
フラットに話しつづけられるかってことなんだ。
「戦争と暴力を終わらす方法は、唯一、対話だ」とは、
私の大好きなアンジェイ・ワイダ監督の映画から学んだことだけど、
ただ、叫ぶだけではない。怒るだけではない。


なんで、私が、今、気付けたのかというと、
読書会というものを数年間主催していて、
そろそろ気づくべき時が来た、というのもあるが、
人生で初めて”合コン”に参加したというのが、会心の一撃だと思う。

私にとっての合コンは、
「私の知らないルールで、私には認知できないカードを、
男女が切った張ったやっている。
私には、自分の手持ちのカードすら、認知できない。
日本語を使ってはいるが、たぶん言葉の意味がまったく違うので、
ほぼ、お互いに言っていることの意味が、伝わっていない。」

そう、よくわからない領域の学会発表に来てしまった感じ。

それまでは、私は、冗談で
「私の周りには、自民党支持者は居ないんだけどな」とかすら言っていたのだが、
それが、自分と似た人とだけ関わってきた、という
「かなり深刻な状況」を表しているんだとは、正直、思ってもいなかった。

むしろ私は割と、異文化コミュニケーションを学び、海外出張とかもあり、
飲み屋のゴルフコンペとか異業種飲み会とかNPOとかで、
いろんな人に会ったり話したりしているつもりだった。
異文化っていうのは、そんなところにはなかった。
全く認知できないものだった……。


あと同時に思うこと。
女性の社会進出とか、多様性の尊重とか、民主主義とかって、
国際社会における日本の評価にも繋がるし、
実際それに困って苦しんだり自殺してしまう人もいるし、
この問題は、むしろ気づいていない人の方が深刻。

以上のことを考えると、
振り込め詐欺や客引き詐欺と同じように、
「学校が、下着の色を指定することはありません。すぐに児童相談所にご連絡ください」
とか
「育休申請を理由に、減給することは違法です。お近くの労基にご連絡ください」
とか
住宅地やオフィス街を巡りながらパトカーで広報するとか、
商店街で、15分に1回、注意喚起するアナウンスを流し続けるとか、
そうやって対処しなきゃいけない問題なんじゃないだろうか。


2018年7月31日火曜日

2020年 教育改革について、虚学を志す人の感想。

コミュニケーション能力とかいうものに長年悩まされてきた人間として、
一応読んでおこう、書いておこう。

教育改革についてはベネッセのページが、一番シンプル。
2020年 教育改革早わかり(ベネッセ)




中村高康『暴走する能力主義』ちくま新書、読んだ。
遡上にあがっている「能力」というものに
どういう特性や性質があるのかというのは置いといて、
(それがこの本のメインなので、なんか申し訳ないけれど……)

2020年の教育改革は、そもそもよく議論されていないって主張は、
まあ私は文科省の人間では無いので、本当にそうなのか確かめられませんが、
たしかに、「ゆとり教育」の何が良くて、何が悪かったのかという
冷静な振り返りは、ほとんど聞かない。
真面目な誰かが、独自でやっていると思うけれども。

だから今回の教育改革も、
過去にどんな失敗と成功があり、
今どんな問題があり、何を解決したくて、
「対話的で深い学び」とか「創造力」とか「学び続ける力」とかの
さまざまなキーワードを設定したのか、わからない。
なので、なんかぼんやりと理解したふりをしている。それは確か。

でも、学習指導要領って、ずっと、入試対策ではなかったよね。
きちんと、年齢相応の知識を教えようとしていたよね。
なのに現場が、受験一色になっちゃってまったく変わらないから、
「今回は最終手段!入試を変えま〜す!」ってことなんだと、理解している。


「能力」は計れないし、
それが何を示しているかも時代で変わってゆくから問題だって、言うのもわかるし、
そんなもんで評価されてたまるかって気持ちもわかる、
でも、そういうものに対応する力が教育の現場に求められるのではないのか?とも思う。
「コミュニケーション能力」が何を指し示すかは確かに不安定だけど、
一人の児童のほうがもっと不安定だぞ。


6歳〜18歳に何が必要なのかってことも考えたい。
アカデミズムは、変わらない。
たぶん、そんなに、大発見は立て続けにおこらない。
だから、アカデミズムのための規則や価値観を知るのは、本当に、何歳からでも遅くない。

でも一方で、多様性の受容や、寛容の精神を知るのは、若ければ若い方がいい。
若いときにしか理解できない小説や漫画もある。
大学に行かない人も、高校に行かない人も、理解しなきゃいけないことがある。

きちんと応援しよう。
そうすれば、いつか、きちんと反省できるはず。