2012年8月27日月曜日

Vanilla Gallery Collaborates with TokyoWrestling.com

数年来憧れてきた、銀座のヴァニラ画廊に行ってきました。
いつも痛そうな展覧会ばかりで、ちょっと勇気が出なかったの。



■展覧会特別トークイベント&パーティー
飯沢耕太郎(写真評論家)
カイザー雪(Tokyo Wrestling編集長)


パリで活躍中のEmilie Jouvetと、ベルリンで活躍中のGoodyn Greenの写真展です。
2人の共通点は、本人がレズビアンで、そしてレズビアンの写真を撮り続けていること。そして、「姉妹的」「ソフト」「遠慮がち」な従来のレズビアンフォトグラフィーの対して不満を抱き、彼女らは「リアル」「ハード」「筋肉質」な写真を積極的に撮っています。

写真の見方なんてちっとも分からない私には、飯沢先生のものすごく分かり易い解説が大変ありがたかったです。すごく勉強になりました。
飯沢先生とカイザーさんの、EmilieとGoodynの比較をまとめると、


Emilie Jouvet
スナップ的(ナン・ゴールディンの影響)
日常的、個人的、距離が近い
パリの保守的な被写体、フェム対ボーイ
外見では分かりにくい、フェムの存在を可視化

Goodyn Green
ポートレイト、商業的
虚構的、プロジェクト的、挑発的
ベルリンの開放的な被写体、アンドロジナス
ゲイポルノのレズ版の作成。レズビアンの為のエロ写真集


こんな感じでしょうか。
確かに解説を聞いてからだと、違う写真に見えてくるわ…
Emilieの作品はクラブやパーティーのスナップなので、とても内輪な雰囲気。一方、Goodynの作品は、ファッション雑誌のグラビアの様で、一見して「レズビアンだ」と分かる雰囲気。世界のどこかで、こんな情熱的な作品を作っている人がいるなんて、なんだかそわそわします。


そして大変大変興味深かったのは、カイザーさんによる用語解説。
世界各地でゲイ&レズビアンカルチャーが注目されるなか、カウンターカルチャーとして、ダイク&クィアというコミュニティが興隆しているそう。
ゲイ&レズビアンは比較的男役・女役が固定しているが、ダイク&クィアは役割が流動的でグレーゾーンが広い。とのこと。
今回の展覧会の被写体にも、どれも「女性らしい」格好をしている人、どれも「男性らしい」格好をしている人、気まぐれに両方着こなす人、がいます。

選択肢は多いにこしたことは無いよね。グレーゾーンも幅広く!
ところで、飯沢先生のコラムすごい→Photologue

2012年8月26日日曜日

喬太郎パニック



会社の他部署の先輩に誘われて、落語鑑賞デビューしました。
落語は全く分からないけど、プログラムを見るだけでこれは豪華だ!と感じる、まさに祭り。
鈴本夏祭り。

「夕方から入れるけど、遅くとも19時の喬太郎までに来てね」と言われたものの、出張の準備でぎりぎり18時40分に到着。すでに立ち見多数。
馬石の噺の途中で、図々しく着席した茶髪は私です。ごめんなさい。なんかいろいろ必死だったんです。
番組は、喬太郎は「稲葉さんの大冒険」。さん喬は「明烏」。権太楼は「死神」と。
噺を解説するなんて野暮な事はしませんが、新作、古典、怪談と、まぁ素人には豪華すぎるラインナップで、もうなんだか新しい世界を見た!感動!
余韻に浸りふらふら。先輩と飲み歩き。


ついに私も本物の芸人見たーふふふ、
と誇らしげに名古屋出張に行くと、喬太郎と桂あやめの対談の案内が。
残念ながら見ることはできませんでしたが、
翌日、会場近くのカフェで「喬太郎よかったよー」と言う男性の声に、心拍数が上昇。


東京に戻ったら、すぐに別の先輩から「喬太郎好きなんだって?」とお声がかかる。
なんとお世話になっている夫妻から、喬太郎のチケットを譲り受けたとの事。行きますと即答し、その夜、6日ぶりの喬太郎の噺。わくわく。




大勢の前ではっきりと話をする、というのは、おそらく多くの日本人が不得意とする、最難関の言語運用能力です。しかも、聴衆を笑わせる、怖がらせる!
なんという芸能だ、と感動した次第です。

「欧米の言語は〇〇だけど、日本語は××だ」という言説はよく見かけますが、大抵ウソです。日本語だけ特異、なんてことはありません。その主張が耳障りが良いのは、母語への執着です。
「欧米の言語は話し言葉が中心だけど、日本語は書き言葉が中心だ」というものも当然ウソ。話し言葉より、書き言葉を先に覚える子どもなんて見たこと無いし、日本語だってしゃべる為に発達して来たのです。目の前にいる人に伝える為に。
文字はその後。

はー。今回の落語でそれを実感。
よかった。言葉というものは、紙なんか媒介しなくてもよいんだ。
そしてせっせと、トークイベントに参加申し込みを送る日々です。

2012年7月22日日曜日

文学座『NASZA KLASA』

2012年5月31日、初めての自主的観劇。

演劇が好きな親戚に連れられて、いくつか演劇を観に行ったことがあるはずですが、ほとんど内容は覚えていません。子ども向けのアニメや舞台の狂気的な演出にショックを受け、ミュージカル恐怖症を患った私は、幼少のころから、舞台作品というものを避けて生きてきました。
バンドもオーケストラも大好きなのに、ライブやコンサートに行くことも稀。
オペラティックな音楽も大好きなのに、歌劇も見に行かず。
演劇部の友人に誘われても断り続け、
知り合いのミュージシャンのライブもなかなか参加せず。


そんな私が、文学座の『NASZA KLASA』を観劇。


ポーランド語で「私たちのクラス」を意味するこの劇は、史実、イェドヴァブネ事件をあつかった作品です。

イェドヴァブネ事件は、第2次世界大戦中、ポーランドのイェドヴァブネという町で起こった、ユダヤ虐殺事件です。
ナチスによるユダヤ人虐殺が行われる前に、カトリック教徒たちが自主的に積極的に、一緒に住んでいたユダヤ教徒を、虐殺したと言われています。


政府文書と村人の証言には矛盾があり、未だなお謎の多い事件ですが、
この作品は、同じクラスメイトであったユダヤ教徒とカトリック教徒、10人の人生に焦点を当てています。
同じクラスの人間が、虐殺する側と虐殺される側に別れる。悲しみと憎しみを見事に描いた作品でした。


大道具は、教室の椅子と机のみ。
蹴飛ばされる椅子、床に叩き付けられる机。犯される机。
客席近くで、倒れる男優。屈辱の叫びをあげる女優。
なんという狂気!なんという演出!
「演じて魅せる」という芸術に、はじめて触れたような衝撃でした。


そしていつもいつも、海外の名作にであった時に覚えるもやもや感。
人をここまで狂わせる宗教ってなんだ…
神ってなんだ…



素晴らしい時でした。

2012年6月28日木曜日

ティー・パーティー ひっくり返る

先日、ワタリウム美術館のイベントに行ってきました。
Chim↑Pomの卯城さん、林さん、岡田さん、稲岡さんと、ワタリウム美術館館長とスタッフさん、そして美術館会員。15人ほどの小さなティー・パーティー。

閉館後のワタリウムで、Chim↑Pomの作品の真ん前にテーブルを設置し、特製ケーキをつまみつつ、金曜日の夜に2時間。シンとした建物の中で、話が止まらず、脱線に脱線を重ね、大変おもしろい会合でした。えへ、秘密結社みたい。
アートとは、どこかの知らない偉い誰かがやっているのではない。確かに隣に存在する人が、笑いながら悩みながら汗かきながらやってるんだと、実感しました。
とても大きな収穫。

たくさんメモったので、公開。意味は時々、私にも分からない。
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コンセプチュアル・アート
→ドローイング
朝日出版『芸術実行犯』7/10

ケーサツ 絵の裏側で指紋を採る
Arts and Law サクタさん

カタール 0泊3日 村上隆 日本一
稲岡さん「良すぎて 良くない」
スーパーフラット マニュアル7cmとか(笑)全部同じクォリティすごい
大仏、手書き
ワタリさん「作家が作品を見すぎるのも良くない」

「火は使わないんだけれど、煙が出る作品を作ります」
二酸化炭素のスプレー
「警報器は切っとかないと!」

原美術館→ワタリウム 歴史

マネージャー ふじきさん

コンプレッソ 公開批評 TBS撮った
キューレータ ヤン・フート 34人
1991→Artが屋内から出た初期
「相変わらずキレてた」
「彼はすごい」

Chim↑Pomは客観視できる

ダライ・ラマの主治医 poetic
曼荼羅 桜橋 バス4台
水の波紋

農業 野菜MAN 秋 東京のネズミ、カラス
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とりいそぎ。

2012年6月18日月曜日

月報14-MANOWAR

(2008年07月 某クラシックオーケストラの月報コラム)


 再開したのに、また休んですみません。今月は書きます。しかしテスト期間なので、簡単に…。
 前回Nightwishを紹介したのは、実はメタルって親しみやすいんだよ、というためです。っていうか、1年越しにロックとかハード・ロックとか紹介してきたのに、未だハード・ロックの知名度が低い…みんなの脳味噌に刻み付けられるぐらいのものを書きます。

 今回紹介するManowarは熱狂的ファンの多いアメリカのヘヴィ・メタル・バンドです。「世界一うるさいバンド」「世界一長いヘヴィ・メタル・コンサート(5時間1分)」というギネス記録も持っている彼らですが、逸話と問題発言も半端なく多いです。
 彼らのスローガンは「Death to False Metal!!(偽メタルに死を!)」。「ヘヴィ・メタルには二種類しか存在しない。ピュアな物とそうでない物だ。」と、中心メンバーであるベースギタリストのジョーイが語っています。レコード会社との契約の際に、ジョーイは自分の胸にナイフを突き立て、その血で書面にサインした。とか、レーベルがManowarをどう扱ったら良いのか分からず、移籍。とか、ライブの音量が大きすぎて文句を言いに来た会場スタッフにメンバーがキレて、エンジニアに音量をもっと上げろと指示したけど、始めから音量最大だったので出来なかった。とか。大好きなジョーイの名言は「ポップス?ああ、あれはゴミだな。」
 あまりメタルに慣れていない方は、うわーと思うかもしれませんが、大丈夫です。彼らはちゃんと音楽(芸術寄り)やってますから。ちゃんと音楽やってないバントについて気になる方は「エンペラー(バンド名)」もしくは「インナーサークル(悪魔崇拝団体)」で検索してみてください。北欧は怖いよ。


 まぁ、とりあえず私は結構硬派な趣味なので、歌唱力とか和音とかが大好きです。っていうか、歌手が歌上手いのは大前提です。そんな私がなんでこんな破壊的なバンド?と思うかもしれませんが、違います。硬派なんですよ、メタルって。こんな破壊的な印象を受けるバンドでさえ、バラードは必ず入っています。(むしろ、ポップスのコンピレーション・アルバムの方が、がちゃがちゃしてて聞きにくいですよ)
Manowarと私の出会いはただ一曲によります。あまりにも有名でファンも多かったけど、荒川静のおかげで多くのファンがショックを受けた。この曲好きなんだって言えなくなった…。そう、トゥーランドット!この曲をカバーしてるんです。Manowarが。
2002年発売の9thアルバム『Warrior Of The World』のトラック4にNESSUN DORMAが収録されています。たった3分少々の曲ですが、このバンドの姿勢が読み取れるというか、Nightwishの「オペラ座の怪人」並みのハイ・トーンの張り上げた声が力強くて圧巻。このアルバムは全体的にこのバンドの聞き方はとりあえず大音量で聞くこと。かっこいい!
 何回も言ってることですが、一部、メタルのジャンルにスラッシュ・メタルと呼ばれるものがありますが、それは疾走感を売りにしているので加速していく感じはあります。メタルは、確かにギターの速弾きとか高速ドラムが目立ちます。でも、速さを求めるのはは、楽器を使用しているから仕方ありません。バイオリンだって、早く指が動く人がすごいでしょ?それと同じです。メタルだからなんて事ありません。あとうるさいと言ったって、低音がしっかりしているから普通よりうるさく聞こえるだけで、実際はそんなにうるさくありません。多く一般大衆が持っている「メタル=うるさい」のイメージはおそらく、パンクと勘違いしているのだと思います。シャウト系のパンクは難解です。ただうるさいだけの音楽なんて、私だって嫌ですよ。
あと、インディーズ・バンドや学生バンドでは、歌唱力を誤魔化すために通常以上にボーカルの音量を下げ、楽器の音量を上げます。うるさいと思う原因はこのバランスの悪さです。プロはそんな事しませんから、安心してください。
と言って置きながら、なんか自信なくなってきた…。B’zに対して、和音が物足りないと思う方、是非HR/HM区域にお越しください。


(このコラムはこれで終了)

月報13-NIGHT WISH

(2008年05月 某クラシックオーケストラの月報コラム)
修正 2012年06月23日


お久しぶりです。長らく月報から離れていました。すみません。
さて、昨年一年間、ロックやハード・ロックの話をしてきました。全部で10組ほどのバンドを紹介したと思います。「月報にクラシック音楽のコラムがない」と、さまざまな形で悪評を得てきたわけですが、私にとって、今までは下準備でしかなかったのです。そう、メタルの話をするための。

今回紹介するのはフィンランドの国民的シンフォニック・メタル・バンドNightwishです。
シンフォニック・メタルとは?
ヘヴィ・メタル(ハード・ロック)から派生した、オーケストラやアンサンブルを中心に作り上げたメタルです。ロックにクラシック音楽を取り入れようとする動きは決して新しいものではありません。1970年に、ロック・バンド、Deep Purpleとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を公開してから、ロックとクラシック音楽を結びつける様々な活動が行われています。既にあった、民族音楽の旋律を取り入れたロックを追求する動きの中で、80年代後半には、バッハやヴィヴァルディをメタル調に編曲したものが盛んに作られていました。ネオ・クラシカル・メタルと呼ばれる分野です。
それに比べてシンフォニック・メタルは、映画のサウンドトラックやミュージカル音楽に非常に近く、ハリウッド・メタルなどとも呼ばれています。とても聴きやすく、また聴きなれている曲調ですが、日本では特に、ファンタジーの要素を含むシンフォニック・メタルが大変人気です。最近は、ドラクエやFFに代表されるようなゲーム音楽に似た曲を、RPGメタルと呼んだりしています。音楽は現在進行形で細分化されているのですね。
シンフォニック・メタルの中でも特に、声楽的な訓練を受けたボーカルを起用している音楽を、オペッラティック・メタルとも呼びます。Nightwishがこのジャンルの代表バンドで、初代リード・ボーカルのターヤ・トゥルネンは、現在リート(独唱曲)歌手としてソロ活動をしています。彼女の伝統的な歌声を武器に、Nightwishは社会的評価も上がり、2005年のヘルシンキの世界陸上大会の開会式で前年のヒット曲を堂々と披露しているのです。
そしてこのNightwish、世界中で愛される楽曲、「オペラ座の怪人」をカバーしています。もちろんメタルですから、原曲に比べて重低音が強めです。そして、バンドを強調した編曲なので、オケはバックミュージックに徹し、すこし音の厚みは減ります。が、こんな音楽聞いてしまったら、クラシックとは何なのか、大変考えさせられますね!

ということで、現在はボーカルが交代してしまっていますが、まだターヤが歌っていた時代、2002年発売のアルバム『Century Child』をレビューします。本人達は否定していますが、多くのリスナーにゴシック・メタルと言われているように、彼らの音楽は比較的、暗く、悲しい音楽です。アルバムのジャケットも暗いです。しかしそれは、女性ボーカルをより魅力的に聞かせるための、単純な工夫なのかもしれません。

Bless The Child 女性コーラスの上に、男性の語りから入るこの歌は、まさに序章といったところです。死にゆく幼い子供を通して、世界の闇を訴えています。
End Of All Hope 一曲目から続くクレッシェンドでそのまま二曲目に突入。子供というモチーフが、希望を示しているのか、悪をあらわしているのか。独りよがりで排他的な詩が、主人公の苦悩を表しています。
Dead To The World 暗い歌詞の割に、元気のある曲です。沈黙の世界に恋焦がれ、救いを求める主人公が恐れているのは、子供?フェードアウトした後の、フォルテの女性と男性ボーカルのユニゾンに鳥肌…。
Ever Dream 前の3曲と比べて、ちょっと病的な愛を感じさせる歌です。シングルカットされた、このアルバムの代表曲でもあります。
Slaying The Dreamer 子供は、夢見る主人公を殺そうとする、自己満足な審判者であったのです。審判者への憎しみを包み隠さず叫ぶ詩と、重厚な低音とコーラスがドラマティック。
Forever Yours 濃厚な霧のようなオーケストラとボーカルのバラード。抵抗がまったくの無駄に終わってしまった脱力感と、悲しみの歌。曲中の笛はなんだ?
Ocean Soul 闇の中を孤独に、必死にさまよう主人公の苦しみを重く歌い上げます。希望と絶望の交じり合った不思議な感覚です。
Feel For You 愛する人を支配したいという欲望なのか、絶対的な力への言葉だけの抵抗なのか。イントロのベースソロは素敵。ターヤのウィスパーボイスが色っぽい一曲。
The Phantom Of The Opera きたー!って感じで、イントロでテンションがあがります。映画版に比べて、クリスティーヌの声は芯があり太いので、悪女みたい。ファントムは濁声が少し入っているので、ワイルドなお方のようです。
Beauty Of The Beast 10分以上に及ぶ大曲。<long lost love><one more night to love><christabel>の三部に別れており、まさにこのバンドの真骨頂。重厚な音の層と、その上でしっかりと歌い上げるボーカルとコーラスが、濃厚なチョコレートケーキのようにずっしりと頭に響きます。
The Wayfarer 日本版ボーナストラックなので割愛。

ミュージカルが好きな人は是非聞いてみてください。きっと気に入っていただけると思います。ただし、ロックの重低音とは比べ物にならないほどズンズンしていますので、心臓の弱い方は要注意です

2012年6月13日水曜日

月報12‐まとめ

(2007年12月 某クラシックオーケストラの月報コラム)


演奏会お疲れ様です。なんだか、左肩の筋肉が異様に発達しているような気が…凝りもひどい。肩当てが合わないのかなぁとか、今更ですが。
 ところで、12月。何を書こうかなーと思っているんですが、とりあえずこの一年間いろんな種類のロックを(一応偏りを抑えようと努力しながら)紹介してきたつもりです。1月には、ロックの歴史を概説しました。けれども、一年生は読んだことないし、いまだよく理解できていない人が多いので、再び書きたいと思います。縦と横で読むロックの歴史。

というわけで、大事なこと、皆さんが誤解しているだろうこととして、パンク・ロックはハード・ロックのカウンターカルチャーです。ハード・ロックとパンク・ロックは対立関係にあります。なので、クラシック好きの頑固なおじさんが、ロックやJ-Popsを「あんなもの何も感動できない騒音だ」と文句を言うように、頑固なハード・ロックファンは、パンク・ロックのことを「あんなもの音楽じゃねぇ」と非難するわけです。ハード・ロックって?パンクと何が違うの?とお思いの方、きけばわかります。

そして、そうですね、まだ言っていなかったこと。ハード・ロックとへヴィ・メタルの違い。
CD屋さんなんかに行くと、「HR/HM」という表示を見たことあると思いますが、「Hard Rock/Heavy Metal」の略です。一緒にされてるってことは、たいして違いないんじゃない?と思う方もいるはずです。そう。同じものだったんです。たとえば、携帯電話のことを「a handy phone」とか「a cell phone」とか言っている時代があったような気がします。新しいものができて、名称が定着していなかったんですね。それと同じで、「ハード・ロック」と言ったり、「へヴィ・メタル」と言ってみたりしていたんです。あ、基本的に、音楽の分類は自己申告制です。リスナーがどんなに、これ普通のポップスじゃんと思っても、本人たちがプログレッシブ・ロックだ、と言えば、CDには「プログレ・ロック界に新たな波を作り出す期待の若手バンドが遂に日本デビュー!!」とか書かれるのです。そんな関係で、どちらかの名称を切り捨てることができずに併記しているわけです。
が、最近の主な考えとしては、「ハード・ロック」と「へヴィ・メタル」は異なる音楽です。へヴィ・メタルが、デス・メタルやゴシック・メタルなどの、「メタル」という新たな分類を作り出したため、ハード・ロックは否応なしに「ロック」組として、へヴィ・メタルと隔離されてしまったのです。
人々の一般的な認識としては、「ロック」「パンク」「メタル」という組分けが普通ですかね?

実際、ちょっと違う。すごーく大雑把に、大豆も通るぐらいの荒い網ですくったとすると、ロックの拡大期に生まれた「もっと激しいサウンドを求める」動きがハード・ロックに、「ロックの芸術性を高める」動きがヘヴィ・メタルに受け継がれたと考えればいいでしょうか。シンフォニック・ヘヴィ・メタルはもう、クラシック音楽とかなり近いです。デス・メタルも現代音楽なんかよりよっぽどわかりやすい音楽です。
あ、デス・メタルをご存じない方もいると思います。なんか最近うわさの漫画でやたら偏った知識をもった人がいますが、デス・メタルのポイントは「デス・ヴォイス」と呼ばれる、特徴的な濁声です。普通の歌手には出せません。だから、デス・メタルを歌う人の咽喉はとても強靭なのです。野球で言うところの、イチローの肩です。だから、ヴィジュアル面の特徴は関係ありません。
あと若干、注意が必要なこととして、ロックやそれ以降の音楽は基本的に、伝統、保守的なものに対抗する中で作られました。なので、それらが嫌いです。具体的にどういうことかというと、キリスト教が嫌いです。まぁ、いまでは、キリスト教的なバンドも普通に存在していますが、「the God」をキリスト教的な唯一神に設定していないとか、仏教思想を好んだりする、やわらかい反抗者たちから、音楽活動を儀式の一部だと考えている熱狂的悪魔崇拝者たちまでいろいろいます。なので、まぁ、芸術家は少なからず社会から逸脱していなきゃねーぐらいのゆるい目で見てないと危険です。
まぁ、日本人としては、面白ければなんでもいいんでしょうけど。
と、長くなりましたね。では今月はこの辺で。メリークリスマス。それから、よいお年を。