2018年7月31日火曜日

2020年 教育改革について、虚学を志す人の感想。

コミュニケーション能力とかいうものに長年悩まされてきた人間として、
一応読んでおこう、書いておこう。

教育改革についてはベネッセのページが、一番シンプル。
2020年 教育改革早わかり(ベネッセ)




中村高康『暴走する能力主義』ちくま新書、読んだ。
遡上にあがっている「能力」というものに
どういう特性や性質があるのかというのは置いといて、
(それがこの本のメインなので、なんか申し訳ないけれど……)

2020年の教育改革は、そもそもよく議論されていないって主張は、
まあ私は文科省の人間では無いので、本当にそうなのか確かめられませんが、
たしかに、「ゆとり教育」の何が良くて、何が悪かったのかという
冷静な振り返りは、ほとんど聞かない。
真面目な誰かが、独自でやっていると思うけれども。

だから今回の教育改革も、
過去にどんな失敗と成功があり、
今どんな問題があり、何を解決したくて、
「対話的で深い学び」とか「創造力」とか「学び続ける力」とかの
さまざまなキーワードを設定したのか、わからない。
なので、なんかぼんやりと理解したふりをしている。それは確か。

でも、学習指導要領って、ずっと、入試対策ではなかったよね。
きちんと、年齢相応の知識を教えようとしていたよね。
なのに現場が、受験一色になっちゃってまったく変わらないから、
「今回は最終手段!入試を変えま〜す!」ってことなんだと、理解している。


「能力」は計れないし、
それが何を示しているかも時代で変わってゆくから問題だって、言うのもわかるし、
そんなもんで評価されてたまるかって気持ちもわかる、
でも、そういうものに対応する力が教育の現場に求められるのではないのか?とも思う。
「コミュニケーション能力」が何を指し示すかは確かに不安定だけど、
一人の児童のほうがもっと不安定だぞ。


6歳〜18歳に何が必要なのかってことも考えたい。
アカデミズムは、変わらない。
たぶん、そんなに、大発見は立て続けにおこらない。
だから、アカデミズムのための規則や価値観を知るのは、本当に、何歳からでも遅くない。

でも一方で、多様性の受容や、寛容の精神を知るのは、若ければ若い方がいい。
若いときにしか理解できない小説や漫画もある。
大学に行かない人も、高校に行かない人も、理解しなきゃいけないことがある。

きちんと応援しよう。
そうすれば、いつか、きちんと反省できるはず。

2018年6月7日木曜日

差別や偏見は、私の中に、確かにある。

先日、早稲田大学スチューデントダイバーシティセンター主催のヒューマンライブラリーに、
「本」として参加してきました。
開催概要はこちら。
https://www.waseda.jp/inst/icc/news/2018/03/05/8210/

「学校の課題で、ネットで調べてきたんですけれど、思っていたのと全然違いました!」
「ゲイは知り合いにいるけれど、レズビアンの方にはじめて会います!」
と言う、初々しい参加者に会えてよかった。
こういった、きちんとした場で、好奇心を肯定するのも必要だと改めて思った。
何よりも、私が、自分の31年間をうまく整理することができた。
次回もあったら参加したいな。
いくつか思ったことを。

1、ネットでは「何が大事か」が伝わらない
2、自分の中の差別心を肯定すること
3、アイデンティティーに固執する大切さ



1、ネットでは「何が大事か」が伝わらない
当然だけど、ネット上に、すべての情報があるわけではない。
一人の人間が、ネット上にある膨大な情報から、
取捨選択して、そのほかよりも重要な情報にたどり着けることはほぼ無い。

青空文庫の中から、自力で、読みたい作品を探せる人は居ない。

そんなことをぼそっと言ったら、信頼している友人が、
「インターネットで一番伝わらないのは、スケールだ(大きさ/規模)」と言っていた。


2、自分の中の差別心を肯定すること
早稲田大学のヒューマンライブラリーの、告知文がとても気に入っている。

「あなたは『偏見』を持っていますか?」
「はい、持っています。」こう即答できる人は、どれくらいいるでしょうか。

私は、元世界銀行副総裁西水美恵子さんの、
自分自身の差別意識についての記事(時代の風 女性の社会進出)を、いつでも読めるようにしている。
マイノリティであることの一番の苦しみは、「自分の中の差別意識を認めること」だと思う。
誰よりもまず、自分が、自分を差別している。
「差別」と「偏見」は、あるんだ。どうやったって、完全には無くならない。
それを認めない限り、「差別」と「偏見」をなくす努力はできない。

このことについては、ずっともやもやと考えていたので別の機会にまとめる。


3、アイデンティティーに固執する大切さ
毎年、東京レインボープライドの規模は大きくなっている。
進んでいる企業やコミュニティーでは、
といっても、本当にそれが"進んでいる"ことなのかわからないけれども、
まあ、その一部の"進んでいる"企業では、
「マイノリティーであることは問題ではない」というメッセージを発することがある。

渦中にいる人にとって、その言葉は暴力だ、と思う。
そして、悩んできた過去の自分を、否定する言葉だ。
こんなことで苦しんでいるのは世界で自分だけだ、と思って、
友人にも家族にも相談できず、問題について冷静に考える時間も情報もない人たちに、
そしてかつての自分に、そんなことは言えない。

やっと手に入れたアイデンティティーに、しがみついて何が悪い。
そこが安全だと確認できるまで、何かをつかんだその手を、緩めることはできない。

私だって、こんなことで悩んだりしない10代に戻れるのであれば、
今すぐ、どんなにお金かけても、やり直したい。
でも私は、「高校と大学で、たくさん苦しんだことが、良いことだったんだ」と自分に言い聞かせるしか、できることはない。
ほかの人も、きっと、そう。

今回のイベントは、「ここは安全だ」と心から思えた。
運営スタッフの方々への、最大限の感謝と尊敬を込めて。

2017年11月20日月曜日

性教育は民主主義の基本です。性教育をしっかりすれば、投票率も上がります、たぶん。

誰が、どれだけ、自分に近づいて良いかは、自分が決める。
安心できる環境は、自分で守る。
そして自分以外にも、全ての人にその権利がある。

これが、性教育の基本だと思っています。
先月ちょっとマレーシアに行ってきまして、
そこで、マレーシアで子育てしている日本の女性たちとお話しする機会がありました。
マレーシアでの教育で困っていることがあるかとお尋ねしたところ、
「性教育!」と間髪入れず答えが返ってきました。

詳しく事情を聞きますと、
日本語学習とか学費とかいろんなことを考慮して、
日本人学校とインターナショナルスクールを行き来する子が多いようなのですが、
一番違いが大きいのが、性教育だそうです。
インターナショナルスクールでは中学3年生で性行為の動画を見せる。
一方で、日本人学校は、
精子と卵子はわかったけどだからなんなんだ?と思うような、ぼやかした表現ばかり。
そのギャップを、家庭で埋めなければいけないが、
どう子供に伝えたらいいのかわからない、とのこと。

大事なことなのに、照れてしまってうまく言えない。
子供がちゃんと聞いてくれない。
というか、そもそも、
子供を性犯罪被害者・加害者にしないために何を伝えたらいいのか、
なんでよく知らない人とセックスしないほうがいいのか、
なんでパンツを売って稼いじゃいけないのか、
という答えを、持っていない。



実は、マレーシアに滞在中に、私が一番ショックを受けたのは、
女性ってこんなに弱かったっけ…
男性ってこんなに思いやりがなかったっけ…
ということでした。

ほとんどの男性は、
日本の女性は押しに弱いと、知っています。
そして、そのような態度で接してきます。
そこから自分を守る方法を、日本の女性は知りません。

ホームパーティ中、50代の男性が、ずっと20代の女性の手を握っていました。
気持ち悪くて、なんでその手を振りほどくことができないんだ、と女性に対して怒りを感じてしまったりもしました。
毎日毎日ハグや握手を求めてくる男性に「申し訳ないが、私は、そういうの得意じゃない」と断ったら「普通の日本の女性はすごくスキンシップが好きなのに!」と言われました。彼は、日本の人同士では握手もあまりしないことを知りませんでした。
日本の女性は、お酒を断る時も笑ったりして結局断りきれず、飲んでしまいます。
すごくすごく不愉快な冗談を何度も言われても、笑いながら「なんでそんなこと言うの?」と聞くだけで怒りません。

ある男性が、母国の保守的な地域では、
女性が結婚するときは処女でなければいけなくて、
病院の証明書を要求される場合もあるんだ、と話してたとき、
私は「新郎も童貞だって証明書が発行するべきだ」とか言ってみんなと笑っていました。
「女性だって自慰するし、スポーツで出血する子もいるよね。それはどうなるの?」と私が質問したとき、向かいにいた話を聞いていた男性たちが「いやいや、ちょっとお酒飲み過ぎですよ!彼女の発言気にしないで、変な子だから!」と私の質問を取り消しました。
この事件を、私はまだうまく処理できていません。
山の近くの出身の女性に「君の親は猿か」とからかったり、
初めて会った女性に「何歳ぐらいで結婚したいか」と聞いたり、
お酒好きな女性を大げさにからかったりするのは、日本の男性だけでした。




話が変わりますが、
LGBTについての研修などでお話していると、ときどき、
参加者から頓珍漢な質問が寄せられます。
「小学生とセックスしたい人たちの権利も守るべきだ」とか
「LGBTを生理的に受け付けられない人の権利を守るべきだ」とか。
多くの性犯罪でも、「合意」があったのか、なかったのかについて、
不可解で不愉快な判決がおりています。
自己決定とか、民主主義とか、
そういうベースの理念が共有されてないんだと、気づきました。


マレーシアで子育てしている女性たちには、
私が、バイブルのように大事にしている2つの本を紹介しました。

リヒテルズ直子著『オランダの共生教育 学校が<公共心>を育てる』平凡社 2010




ひとつめの本、主な話題は、いかにして個性を伸ばす教育を運営しているのか、歴史と理論の解説ですが、
かなりのページ数を、性教育とジェンダー教育の紹介にさいています。

オランダでは4歳から始まるという性教育。
以下は、最初の授業の様子です。

車座になった子どもたちの真ん中に、腕を通せるくらいの穴を開けた箱を置きます。箱の中には、スポンジ、柔らかい布、くしゃくしゃにした紙などが入れてあります、子どもたちは順番に穴から手を入れてみて、中のものに触り、どんな感じがするか、意見を言いあいます。それから、子どもたちが持ち寄ったお気に入りのぬいぐるみを見せあい、ぬいぐるみを抱きしめたときの感じ、お母さんに抱かれたときの感じなどについてワイワイガヤガヤ話をします。(p.138 l.7-11)

まずは、子供達が大好きな身体的な接触を、肯定すること。
そして、それは、人それぞれ違うということを、4歳の時から、しっかり言葉にして伝えてゆくんです。


デビ・ブラウン著『アスピーガールの心と体を守る性のルール』東洋館出版社 2017



ふたつめの本は、相手にNOと伝える方法、
なぜ彼氏以外とセックスしちゃいけないのか、
性被害にあってしまったらどうしたらいいのか、
ということがきちんと丁寧に書かれています。

自分の肉体の管理者は、自分である。
歯も、腎臓も、子宮も、膣も、全部自分の肉体なんです。
この考えをちゃんと持っていれば、
数ある内蔵の内のひとつについての説明が、
恥ずかしくてできない、ということが無くなるのではないか。

友達であれ、知らない人であれ、
突然、口に、他人の手を突っ込まれる衝撃は誰もが想像できるのに
性犯罪がこんなに軽んじられているのは、
性(性器)は自分の管理下には無いという思想が、流布しているからではないかと、
最近はそんなことを考えておるのです。

2017年4月3日月曜日

多様性の受容、寛容さを育む「人文の力」なるものがあるのか。

日本の教育は遅れていると、いろいろな場所でいろいろな職業の人から聞く。
じゃあ、今とは違う、新しい教育ってどんなものなのか。
そう思って勉強を始めて4ヶ月ぐらいが過ぎた。
おかげで、今、私は、
わりと最先端の教育を受けてきたのだ、と改めて認識している。
そしてその経験から、かなり強い危機感を持っている。
そのことをちょっとメモしておこう。


1、「専門は別分野だけど、教育に興味がある」おとなが参入してくる
2、教えるのが難しいけど一番重要な「多様性の受容」がたぶん遅れる



1、「専門は別分野だけど、教育に興味がある」おとなが参入してくる
21世紀型スキル、探究型学習、アクティブ・ラーニングなどで
新しい教育のあるべき姿として主張されているものは、
知識を得ることではなく、知識を得る方法を習得することだ。
学校を卒業しても、大人になっても勉強する習慣、というやつではないだろうか。

今まで、日本では家庭環境に任せっきりになっていたものだと思う。
そういう面では、私は恵まれた環境で育ったと思う。

家には百科事典があり、いつでも自由に手に取れる場所にあった。
小学生のときから、電子工作や、家具の設計や組み立て、
キャンプではテントの張り方や火のおこし方を教えてくれた。
太陽の直径のはかり方や、恐竜が絶滅した原因についての複数の仮説、
星座に現れるさまざまな神話、和算など、
学校の科目に捕らわれない学習を毎日のようにしていた。
クラシック音楽やオペラ、西洋絵画や映画を鑑賞するときの、
宗教の基礎知識も、もちろん、親が講義してくれた。

こんな環境で育てば、知らないことなんて怖くない。
新しい価値を学ぶことはいつも楽しい。
おかげで、私も兄も新しいものを学ぶことに全く抵抗がない。
こんな環境を、学校に作ろうということだ。

楽しいに決まってる。
クラスは一気に活気が満ち、
子どもたちの夢中な姿を見て、教師も満足するだろう。

しかし日本の公教育はなかなか変わらない。
その代わりに、教育系ベンチャーやNPOが盛り上がっている。
大学生や社会人が、プロボノみたいな名目でたくさん参加している。
でも彼らは、教師では無い。
教育学の知識がほとんどないこともある。
教育をドライに考えられない。教育を客観視できない。
自分の成功体験と情熱だけに支えられたそれは、結局、おとなの自己満足だ。


2、教えるのが難しいけど一番重要な「多様性の受容」がたぶん遅れる
中途半端に良い教育を受けた人たちには、ときどき、問題がある。
選民意識と、コミュニケーション不全。

理由はだいたいわかる。
こんな恵まれた環境にいる人は少ない。
教育熱心な親たちに、時間やお金を、たくさんかけてもらっている。
外からは「ちょっと変わった子」に見える。
自分を笑うおとなたちより、多くのことを知っているのに。

自分が恵まれた環境で育ったことに、無自覚なこともある。
どれだけ自分が安全な環境にいるのかわからない。
社会的弱者に、本人の努力が足りないから生きづらいのだと、平気で発言する。
自分と似た人に対しては同族意識を持ち、忠誠心も強くなる。
自民族中心主義に陥るのだ。

私が、それに苦しんできた。
それを打破できるのは、圧倒的な他者だ。
他者との共同作業、哲学や文学を通じて、自己を客観視する訓練が必要だ。

これを教えなければならない。
これは、決して、自分の経験だけでは教えられないものだ。
教育者としての認知的な知識が必要だ。

これを教えなければ。
ペットボトルロケット飛ばして笑っている場合じゃない。

2016年12月11日日曜日

装うことについて

ずっと気になっていたけれど、「私にはまだ早い」と思って読んでいなかった本。
こんなきっかけで読むことになって、とても残念。
もっと早く読めば良かった。


雨宮まみ『女の子よ銃を取れ』平凡社


外見も立派なコミュニケーション手段であると知りつつも、
自分の服と化粧についてについては、長い間、直視できないでいた。
大きな理由に母親から言われた言葉があると思う。

母親は、裁縫が大好きで、いつも私の服や鞄を作っていた。私が、高校を卒業しても、社会人になっても。
母が私の髪を切っていたので、大学生になるまで、美容室にも行ったことがなかった。
化粧をしたいと言ったら「なに色気づいてるの、勉強しなさい」と言われ、
赤い下着を買ったら「こんなの履いているの」と嗤われ、
母の好きじゃない服を着ていると「似合わないから、それ着て外出ないでね」と悲しい顔をされ、
「足が太い」「デブ」「やせれば可愛いのに」と小学校から挨拶のように言われ続けて、私はすっかり、
「化粧をせず、流行遅れの服を着て、太って可愛くないこと」が自分であると思い込んでいた。

そんな私が最初に食いついたファッションは、ゴスロリ。
誰よりも強く、どんなに傷ついても平気。そんな鎧がほしかった。
ゴスロリに夢中だったのは大学生2年から社会人3年目ぐらいの時だった。
ボーナスが出れば、そのほとんどを、大好きなブランドの店で使った。
23歳ぐらいの時、強烈にレズビアンアイデンティティみたいなものが固まってきたのも影響している。
レズビアンっぽい服装、髪型をしなければいけない、と思い込んでいた。
何が何でも自分が良いと思う服しか着ない!
そうすれば、周りから何を言われても傷つかなかった。

大好きなブランドの店舗が、原宿から池袋に移り、商品のラインナップがずいぶん変わってしまった。
ああ、私は変わらなければいけない、と思ったのは、そんなとき。
仕事で、プロフィール写真を撮った。
カメラマンに「どういう角度から撮った自分が好きですか」と聞かれ、とっさに私は「左側は歯並びが悪いので、写らない方が嬉しい」と言った。
そんなことを思っていたんだと自分にショックを受け、すぐに矯正歯科に行った。
結局、プロフィール写真は、顔の左側から撮ったものになったけれど。


やっと、素直に、綺麗になりたいと思えた。
最初の投資が歯科矯正100万円。

そこからは、ストレス解消に似た、暗黒時代。迷走。
服は、買いだめたものを大切に着ていた。
ヘアカラーは、赤茶、ピンク、オレンジ、黄色、緑ところころ変えた。
だいたいやりたかったことは全部試したかな、次のステージにいかなきゃ。と思えたのは、半年ぐらい前。

だんだん、買いだめた服もくたびれてきた。
半年前、ジーンズを買った。
「あんたはズボンをはくともっと足が太くなるから、はくな」と母に言われたときから、8年以上、ジーンズをはいていなかった。
何度も買おう思ったけれど、いつも試着室で母の言葉がフラッシュバックして、買えなかった。
今では、ジーンズをはくと、そんな時もあったなあと思い出して、
少し、大人になった気がする。

1年前に友達と、はじめて伊勢丹の化粧品売り場に行った。
勢いで買ってしまったパレットも、今は結構使いこなせていると思う。

今は、自分がより魅力的に見える服を選ぼうと、身構えずに思える。
それでもやっぱり、ちゃんと化粧するのが怖い。
新しい服を試着するのが怖い。


額縁に合わせて絵を選ぶことなどありません。絵に合わせて額縁を選ぶのです。私たちはその額縁を、自分で選んでいいのです。そして、それはいつでも取り替えることができる。何度失敗しても、簡単にやり直すことができます。(p.61)


今までも、これからも、彼女の著作は多くの人を救うんだろうな。

2016年10月31日月曜日

ポートフォリオと認知療法と『キンキー・ブーツ』について



1、ポートフォリオ
教育界では何年も前から「ポートフォリオ」の必要性が叫ばれていました。
ポートフォリオって、そのままの意味だと、書類入れとかファイルのことです。
文脈によって表すものが大きく違うのですが……

アートの分野では、作品集みたいな意味で、自分が今までに作った作品をまとめて、履歴書のようにバラまくもの。
金融業界では、運用資金の投資した先の、その割合や組み合わせのこと。
スポーツ界では、練習の目標や、今のスコア、自分の課題などを書き込むノート。『野球ノート』や『サッカーノート』などの名前で部活動をする生徒たちの間に広がっています。
教育分野では、学習の過程の成果物(読んだ新聞記事や、レポートや、発表資料などなんでも)をまとめておくもの。
そのほかにも色々な意味がありますが、今回は教育分野について。

なぜか、教育界では、このポートフォリオ、いまいち人気がありません。
2012年ぐらいにいろんなところで目にするようになりましたが、あまり広がっていないようです。
本当に効果があるの?という先生方の声をよく聞きます。
というか、私、納得いく説明を聞いたことがない。

しかし先日、東京学芸大学の森本康彦先生の話を聞いて、目から鱗が落ちました。
学習のパラダイムシフトが(やっと)起こっている!!!ということ。

ポートフォリオは、絶対的な正しさ、絶対的な知識がない分野で、効果を発揮します。
現代社会は、価値観が急速に変化し、そして多様化してゆきます。
毎日毎日新しい技術、新しい思想、新しい文化が生まれてゆきます。
一つのコミュニティーで一生暮らす人はほとんどいません。
生まれたコミュニティーで身につけた価値観や行動規範に、ずっとすがって生きることはできません。
自分と異なる価値観を持った人たちと出会う中で、自分の価値観を確立してゆく必要があります。
今の子供たちは小さい時から、毎日異文化に接しています。
学校を卒業した後も、50歳になっても60歳になっても学び続けていかなければなりません。
教科書はありません。試験もありません。だれも採点してくれません。だれも答えを知りません。
そんな中生きて行くために必要なのは、「学び方」を知っていること。

この「学び方」を知るための道具がポートフォリオです。
学んでいる過程というのは、外から見ていてもわかりません。すぐに消えて無くなってしまうものです。
それを注意深く記録しよう、という試み。
それがポートフォリオです。


2、認知療法
大学で就活が始まる時期から、どんどん友人たちが病んでいきます。
社会人6年目になっても、またお前もか…ってぐらいの勢いで病んでいきます。
日本はどうなっているんだ。なんという社会だ、と時々嘆いたりするんですが、
私が一人で嘆いたって世界は変わらないのです。

そんな病んでいく人たちにお勧めしたいのが、認知療法、認知行動療法です。
微妙に違うらしんですが、発想は同じ。やることもだいたい同じ。
事実と感情を、切り離して考える訓練をします。

みけにゃんProject

上記のサイト、結構古いし、語尾がムカつくんですが、わかりやすいと思います。
あと、別にこのサイトに書いてあること全部しなくてもいいんです。
とにかく、辛い自分の気持ちと、それを引き起こしている事実を分けて、書き続けること。

そしてちょっと落ち着いている時に、過去の自分のメモを読んでみると、
そうかこの時こんな感情になったのは、もしかしてあれのせいかもしれない、とか。
なんだこれ、これっぽっちのことで死にたいとか思っていたのか…とか。
自分の認知の癖や歪みが見えてきます。
自分の頭の中にある感情を、整理する道具になります。
そして感情をコントロールするためのきっかけを、知ることができます。

最初は何を書けばいいのかわからなくて、誰に見せても100点満点の、気持ち悪い日記になると思いますが、
慣れてくると、誰にも見せられない、大切な自分だけのノートになります。
これだよね、ポートフォリオ!!!
自分の中の思考の変化、成長の過程、トライ&エラーを記録してゆくもの。





3、『キンキー・ブーツ』
大好きな映画『キンキー・ブーツ』のミュージカル版、9月に日本人キャスト、10月に来日版、見ました!

感想は長くなるのでここでは触れず…。
とっても素敵な台詞がこちら。

You change the world when you change your mind.

認知を変えれば世界が変わる、ということ。
この言葉を改めて、噛みしめています。
今、努力して異質なものを受け入れても、次にまた新しい異質なものが登場します。
常に世界が変わるということは、常に自分の意識も変えていかなきゃいけないってことなんだなぁと。
そうしないと「男」とか「女」とか「日本人」とかいう危ういアイデンティティーにしがみつく人たちと同じになってしまう。

つながりが希薄、とか言われている現代の若者たちだけど、大丈夫。
教育は、「自分と隣人の価値観が違う」状態でも生きてゆけるように、準備している。
ポートフォリオ、すごいんだよ!

2016年10月19日水曜日

10年前の友人に対して、懺悔。

最近すごく過去のことで恥ずかしいというか後悔していることがあって、それは、 昔の友人への、自分の対応なんだけど。
昔の友人というのは、10年前、一緒に韓国語初級クラスに通っていた女性。
今はまったく連絡をとっていない。


彼女は、はじめて会ったときから在日韓国人であると隠さず、本名を使っていた。
彼女はいつも声が大きくて、明るくて、面白くて、いつもクラスの中心にいた。
いつも彼女の趣味のドラマとかダンスの話とか、仕事の話とかばかりしか話していなかったけれど、あるとき、彼女が、自分が在日韓国人であるということについて、話をしてくれたことがあった。
いつもと違って真面目に、少し目に涙を浮かべながら。

高校までは、通名を使っていたこと。
家族はいまでも通名を使っていること。
韓国にいる親戚と、言葉が通じなくて困ること。
在日韓国人は、有名大学を卒業しないと就職口がないと聞いて、浪人して、猛勉強したこと。
いつも持ちあるいている在留カードも、見せてもらった。
同じ韓国語のクラスに、在日韓国人が何人かいるということも教えてもらった。それが誰かは教えてくれなかったし、私も聞かなかったけれど。

私は彼女を当たり前の存在と思っていたので、
あなたを差別する人がいるの信じられない!
今は幸せそうでなによりだね!
と言って、笑っていた。

いま、いろんな在日外国人の方や外国語母語話者の方と仕事して、
お酒を飲んだりして、やっと、
差別は私のすぐ隣にある、ってことを知った。
彼女と会った10年前は、私は何も知らなかった。


在日外国人であることでどんな差別を受けているのか。
日本と韓国のどちらにも所属していない彼女が、本名を名乗れるようになるまで、どんなに悩み、苦しんだのか。
いま、本名を名乗ることで、どんな苦しみを味わっているのか。

在日外国人は、家を借りにくいとか、
在日外国人は、就職しにくいとか、
在日外国人は、レストランを予約してもトイレの近くの席に案内されるとか、
そんなの極々一部の差別主義の人がやっていることで、
私はしない(だから関係ない)と思ってた。

でもそういうことって、1回体験するだけですごく傷つく。
名前を名乗れば、外国人ですか?と確認され、
日本に住んで長いんですかと聞かれ、
日本語の能力が低いと思われ、
使ってもいないのに、通名にしたら、と他人に言われ、
「あ、うち外国人には部屋貸せないんですよ」と面と向かって言われることは、
すごくすごく傷つく。
自分はなんで「日本人」じゃないのか、何度も悩んだだろう。

笑顔で私の目の前にいた彼女は、そういう体験を確実にしていて、
毎回、傷ついてきたんだと、いまの私は想像できる。
そんなことも知らず、他人事のように彼女の話を聞いていた、かつての私…。
あのとき彼女は、私にもっと話したいことがあったのかも知れない。
嫌なことがあったのかもしれない。
もっと寄り添ってあげられたかもしれない。


日本で生まれて日本で育って日本で働いて、
日本で生活している人は、日本国籍を持っている人だけじゃない。
日本語を母語としている人だけじゃない。
日本文化に属する人だけじゃない。
日本にいる「外国人」は、旅行者や留学生だけじゃない。

最近、いろんな場面でわっと後悔の念が湧き上がって、
どうしたら良いのかわからなくなるので、ここに 書いておきます。
知らないとは、こんなにも恐ろしいことなのか。
いまの友人たちと、これから出会う人たちを、大切にします。
懺悔。